お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  転校生日記

 4月8日、私はO市にあるこの市立中学に転校したばかりの2年生だ。私はもともと病弱で、体も他の子達より小さく、幼く見えた。それがコンプレックスだった。中学に上がる頃から持病の喘息は治って元気になったが、今度の学校でもやっぱりクラスで一番小さい。
 私は恐る恐る新しいクラスメート達の前で挨拶した。前の中学と雰囲気も同じだ。私は少し安心した。早くお友達をつくらなきゃ。

 4月11日、今日はショックなことがあった。体育の時間のことだ。病弱だった私は小学校の頃、ほとんど体育をしていない。おまけに器械体操だ。自分の番が回ってくるのをドキドキしながら待っていた。
 みんな無難に跳び箱を跳んでいく。ところが2人前のS子が失敗して、跳び箱の横に落ちてしまった。するとK先生がやってきて、S子の短パンのお尻をピシャリと平手打ちにしたのだ。S子はK先生に軽く頭を下げると、私たちの列の一番後ろについた。
 私はビックリして回りを見回したけど、みんな平然としている。こんなの普段の光景だと言わんばかりだ。私の番が来た。もう心臓がドキドキでとても跳べない。
「N子さん、早く跳びなさい!」
 私は小走りで跳び箱の前まで行ったが、そこで立ち止まって回れ右して引き返そうとした。その瞬間、K先生が飛んできた。ピシャッ! 生まれて初めてお尻をひっぱたかれた。痛みと恥ずかしさで頭がボーッとなった。ピシャッ! 私は慌てて短パンのお尻を両手で隠し、身構えるようにK先生の方に向き直った。
「なぜ2回叩かれたか、わかるわね。あなたには跳ぶ意思もなければ、そんな自分を恥じる気持ちもない」
 そう言うと、K先生は右腕を捩るようにして私の体を半回転させた。背中を向かされた私が振り向くと、K先生が右手を空中に高くかざしている。ヤバイ。私はとっさに叫んだ。
「先生、ごめんなさい!」
 これでなんとか3発目は免れた。

 4月13日、お仕置きは体育の先生だけではなかった。その朝、私は朝寝坊してしまい、学校に着いたときはもう1時間目の授業が始まっていた。どうしよう。下を向いたまま覚悟を決めて、教室の後ろの戸をゆっくりと開ける。
「おう、待ってたぞ、N子。早く鞄を机に置いて前に出てこいよ」
 数学のU先生は意外ににこやかな顔でそう言った。
「お前なあ、こんなに遅刻したんだからな。せめて走って来いよ」
 U先生は窓から、私のチンタラした登校ぶりを見ていたのだ。そして私を待っていたのは、キツーイお仕置きだった。前の黒板に両手をつかされ、お尻を後ろに少し突き出す恥ずかしい格好のまま、何秒が過ぎただろう。その時間がすごく長く感じた。下手にお尻を動かせば、狙いがはずれて危ないからじっとしてるしかない。悔しいし恥ずかしいけど、それ以上に道具を使ってひっぱたかれる痛みが恐怖だ。
 バシーン! 来た! 平たい板の平面がお尻の真ん中に。強い衝撃で前のめりになり、黒板に頭を打ちそうになった。廊下まで聞こえそうな大きな音。熱を伴った鈍い痛みがお尻の芯にまで染みていくよう。私は熱いお尻に手のひらを当てながら、U先生の方をそっと見た。
「お前、お尻が小さいから叩きにくかったぞ」
 U先生が何事もなかったかのようにそう言うと、教室の前の方から失笑が漏れた。私は必死に平静を装った。涙だけは見せたくなかった。早く下校の時間が来てほしかった。これは「ケツバン」という日常的な体罰だとS子が教えてくれた。遅刻の他に忘れ物や宿題を怠けても、この懲罰の対象になり得るらしい。
 前の中学でも体罰はあった。でもクラスメートも先生方も、病弱な私を何かと気遣ってくれて、お仕置きなんて他人事だと思っていた。ちょっと嫌なことがあると、仮病を使って保健室に駆け込んだりもして、いまから思うと甘えていたかな。

 4月18日、初めて体育のK先生にお仕置きをされてからちょうど1週間。今日もこれからK先生の授業だ。K先生は30代半ば、いまは普通のOLにしか見えないけど、筋金入りの体育会系だったらしい。10代の頃は男の子みたいな短い髪で陸上は何でもこなしたという。性格もさっぱりしてるっぽい。
 K先生にいきなりグラウンドを走らされる。走るのが苦手な私はみるみる一番後ろに下がってしまった。
「一番遅い子はもう1週」
 K先生の声だ。その時、S子が急にスピードを緩めて私が追いつくのを待った。
「N子、一緒に走ろう。2人で走ればビリじゃないよね」
 笑いながら言うS子に私も笑顔でうなずいた。これがまた、K先生を怒らせてしまった。
「あんたたち、2人とももう一周」
 そう言うなり、1周地点で待ち構えていたK先生は、S子を捕まえてそのお尻をピシャリと平手で叩いた。
「真面目に走りなさい!」
 急いで逃げようとした私も捕まった。ピシャッ! イテッ! もう私はすっかりK先生に睨まれていた。

 4月20日、これからはもう甘やかさない、躾は他の子と一緒、それが両親の学校側への意思だったことを私はU先生の口から聞かされた。もう新学期が始まる前のこと、両親は担任になるU先生に会いに来ていたのだ。両親は私の転校をむしろチャンスと考えていたそうだ。誰も病弱だった私の過去を知らないからだ。U先生は、普段は笑顔の絶えないまだ30そこそこの穏やかな男の先生だ。結構モテそうなタイプ。でも穏やかな顔をして、眼から火が出そうなお仕置きを私たちにする。いえ、とくに私に。
 その日もU先生に指名された私は、前の黒板に宿題の答えを書く羽目になった。初めから「宿題忘れました。ごめんなさい」って言えばよかった。私のチョークは黒板の真ん中で止まってしまった。
「もういい、N子。先生にはよくわかってるんだ」
 私は今日は、教卓の横のところに両手をつかされた。チラッと横目で教室の方を見やると、みんなの視線が私の方に集まっているのを感じ、慌てて前を向き直した。恥ずかしくて顔が熱くなった。U先生の手にはこの間のあの平たい板、東急ハンズにでも売っていそうなやつ。今日もケツバンだ。バシッ!
「痛っ!」
 私が唇を噛みながらそう言って席に戻ろうとすると、U先生の声が背中から聞こえた。
「お前、少し慣れたな。この間は泣きそうな顔してたぞ」
「そうですか?」
 私はU先生に背中を向けたまま、精いっぱい強がってみせた。
「いいことだ」
 U先生が独り言のように、でも大きな声で言う。U先生って、厳しいけどそんなイヤな先生でもないな。私はなぜかそう思った。

 5月6日、連休明け。今日は恐怖の体育も数学もある。といっても、お仕置きの恐怖はもう体育と数学だけではなかった。私はどの先生からも、クラスで一番甘ったれた生徒とみなされていた。音楽の先生には太鼓のバチでお尻を叩かれるし、理科の先生は定規だし。どの授業でも決まって指名されて、なんで私ばっかり当てるのよってふてくされていると、またお仕置きされてしまう。
 でもやっぱ担任のU先生とK先生が元凶に違いない。きっと職員室でまた私のこと、子供だとか甘ったれだとか他の先生に言ってるんだわ。そんな被害妄想にもなった。
 案の定、体育の授業では私語を咎められて、私とS子は卓球のラケットでお尻をひっぱたかれた。バスケットボールをネットに入れて、それでひっぱたかれることもある。そのお仕置きの光景を、少し離れた場所から男子が見ていたり。
 でもK先生のお仕置きは、筋が通っていた。叱られる理由はいつもあった。K先生は自らの10代の頃のお仕置き体験を、私たちにときどき話した。職員室のお仕置きでは靴べらがお尻で折れて、先の方が飛んでいったこともある、そう言うとK先生は屈託なく笑った。私はK先生も嫌いじゃなかった。

 9月3日、またU先生にこっぴどく叱られた。夏休みの宿題と図形で使うコンパスを忘れたからだ。両方忘れたのは私一人だけだった。でもじつを言うと、要領のいい男子なんかは忘れ物をしてもちゃんと授業前にはよそのクラスから調達してくる。そうやってお仕置きを免れているのだ。私は転校生、S子とかが協力してくれることもあるけど、モタモタしてるうちに始業のベルが鳴ってしまう。その時には席についてないと、ますますまずいことになる。授業の間忘れたのをU先生に見つからないようにと思っても、指名されたら必ずばれる。それが何回も続くわけだから、U先生に睨まれるのも無理はなかった。
「先生、またお尻ですか?」
 この日、私は自分からそう言った。
「よくわかってるじゃないか。さあ早く済ませて授業を始めるぞ」
 U先生はそう言いながら教卓を教室の横にまで運び、黒板の真後ろにスペースをつくった。そこに私がまた後ろ向きに、黒板に両手をついて立たされるのだ。机をずらしている音は階下の教室にも聞こえているだろう。お仕置きは、もうU先生恒例のイベントと化していた。

 3月24日、いよいよ2年生最後の日が来た。この1年間、私はこの中学の先生方にどれだけお仕置きとしてお尻をひっぱたかれただろう。なんか激動の1年間だったけど、私自身、大きく変わったと思う。何と言っても、打たれ強くなった。それになぜか明るくなった。
 それまでの私は、クラスのお客さんでしかなかった気がする。先生にもクラスメートにも腫れ物に触るようにされて、叱られるのはいつも他の子で、他人事で、居心地は良かったはずだ。でも何か淋しかった。みんなよそよそしかった。
 ここでは悪さをすれば容赦なく叱られる。そんな子供としての通過儀礼を知らずに育った私には、U先生にもK先生にも、いままでの優しいだけの先生には感じなかった親しみを感じてしまう。いつも教室の前でお仕置きされてみんなに笑われるけど、私はこのクラスの方が好きだ。
 やっぱり私は、クラスの中で一番幼いのかもしれない。新年度は最上級生、もっとしっかりしなくっちゃ。いままで以上に遠慮なく、この甘ったれ娘を躾ってやってくださいね、先生!  







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