お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  私はその川を渡った


 私が通うことになった高校は、瀬戸内海に面した工業の盛んな港町にあった。男女共学の進学校で、決め手になったのは部活だった。私はそれまでずっと走り高跳びをやっていて、このまま続けていけばもっとうまくなれる自信もあったし、周囲も期待してくれた。

 女子陸上部の顧問は、30代半ばの物理のT先生だった。T先生は男性、長身でどちらかというと細身だったが、いわゆる体育の先生的な雰囲気を醸し出していた。
 最初の練習の時、努力をしない生徒には指導はしたくないというようなことをいきなり言われた。その努力は陸上の練習だけでなく、学校の授業すべてにも要求された。陸上で飯が食えるわけじゃない。人生の選択肢を広げる意味でも勉強は大事だ。そうT先生は言った。それは至極もっともなことだと私は納得した。

 初めの2カ月は、中学の部活となんら変わらなかった。T先生も穏やかに指導してくれた。T先生の態度が豹変したのは、1学期の中間テストが終わって少ししてからだった。私たち1年生の成績が、例年に比べてかなり低かったからだ。
「テストの成績が悪かった者には追試をやらせる」
 私を含め、5人の1年生が居残りテストをさせられた。体操着、短パン姿のまま私たちは生徒指導室に入った。問題数は10問。驚いたことは、5人のテストの科目がすべて違っていて、私は数学だったが、英語の子も生物の子もいた。そしてその問題は、すべてT先生の手作りだったのだ。それから採点までT先生が自分で行った。T先生はいつの間にこんな問題をつくったのだろう。採点まで一人で全部するなんて凄いな。私にはT先生に対する尊敬の念のようなものが湧いていた。

 その手作りテストの成績が悪かった私たち3人には、翌週にもまたテストが待っていた。そしてそのまた翌週、私一人が練習後、T先生に生徒指導室に呼び出された。
「俺の我慢にも限度がある。もう一度だけチャンスを与える。これが全部解けないようなら、お前は当分学校の勉強に専念しろ」
 それは私にとって、ショッキングな言葉だった。問題数はやはり数学10問。ざっと目を通すと、いままででいちばん簡単そうに思えた。でも絶対に一つも落とせないというプレッシャーが私にのしかかった。時間いっぱいまで見直しをして、T先生に手渡した。

 T先生はその場で採点を始めた。私には手応えがあったが、T先生の厳しい表情に不安がよぎった。T先生は採点を終えると、私の目を見て言った。
「努力の跡も見えるが、計算ミスがいくつかある。70点だ」
「先生、私は走り高跳びがやりたくて、この学校に入ったんです」
 私が懇願するように言うと、T先生は低い声で言った。
「それなら罰を受けろ」
「はい」
 私は条件反射的に答えた。私が悪いのだから当然だと思った。罰の中身はなんだろうなんて、考えもしなかった。
「黒板の前に後ろ向きに立ってろ」
 このまま立たされるのかな。なんだか小学生の罰みたいだな。だがそれは、私の思い違いだった。
「もう少し後ろに立て。前屈みになって、両手は黒板の桟につかまるんだ」
 その言葉を聞いた時、私は自分に与えられる罰の中身を理解した。私、これからお尻をひっぱたかれるんだ。でもそれほど抵抗はなかった。顔を殴られるよりはずっとましだと思った。

 T先生は取っ手のついた平べったい木の板を持ってきた。どうしてこんな道具を持ってるんだろう。まあいいや。私はT先生に言われたとおり前屈みになって、短パンのお尻をT先生のほうへ向けた。
「70点だから30発な」
 T先生はそう言うと、その木の板を私のお尻に当てた。ひんやりとした木の感触が、私の薄い短パンのお尻に伝わった。私はなぜか目をつぶって、下唇をかんだ。もう10年くらい前、家で父にお尻叩きのお仕置きをされたことがあった。私はとっさにその時と同じ仕草をしていた。バシッ。その瞬間のお尻の痛さときたら、とても言葉では表せない。陸上用の短パンは生地がペラペラなので、むちゃくちゃ痛い。というか、お尻から火花が出たんじゃないかと思えるくらい熱かった。バシッ。
 これが30発も続くのかと考えたら、私は逃げ出したくなった。T先生のご機嫌をうかがうように、私は黒板に両手をついたまま後ろを見た。
「ちゃんと前を見て踏ん張れ! 頭が黒板にぶつかっても知らんぞ」
 T先生は右手で平べったい板の取っ手を握りしめたまま言った。しかたがない。いまさら逃げ出すわけにはいかないんだから。前に向き直して少し突き出したお尻に、バシッ。お仕置きはまだ始まったばかりじゃないの、頑張れ。そう自分に言い聞かせる。バシッ。お尻へのあまりに強い衝撃に、私は下唇をかみ直した。バシッ。もうこのあたりで、お尻全体が熱く痺れていた。涙が出てきた。先生にお尻をひっぱたかれて泣くなんて、子供みたいだなと思った。バシッ。半分の15発を過ぎると、なんとか最後まで耐えられそうな気がやっとしてきた。バシッ。あと10発。バシッ。あと9発。
「肘をちゃんと伸ばせ」
 T先生にそう注意され、私は最後の力を振り絞るようにして姿勢をただし、熱い短パンのお尻をまた突き出した。バシッ。  

 お尻30発のお仕置きが終わると、私の息はハアハアと荒くなっていた。
「明梨、痛いか? 勉強でもその根性を見せろ」
「はい」
 こんなに厳しいお仕置きをされるとは、全く思っていなかった。T先生が好きとか嫌いとか、そういう感情はわかなかった。ただT先生に対して、なにか縁のようなものを感じた。これから自分の行く道がなんとなくぼんやり見えていて、そこにはT先生も居るような気がした。そして自分がもっと頑張らなければいけないと思った。  

 夜の更衣室で一人短パンからスカートにはきかえて、私は闇に包まれた校門の外へ出た。そこには普通の夜の港町の活気があった。初夏の潮風が、私の熱く火照った体と心を癒やしてくれる気がした。私はふと立ち止まって、四角い革の鞄をスカートのお尻に当ててみた。うわ、冷てえ。私はそうつぶやいた。なぜか笑えてきた。少し駆けだしては歩き、また駆けだしては歩きを繰り返して、私は駅へと急いだ。

 しばらくは平穏な日々がまた続いた。でも1学期の期末テストの時期が近づくにつれ、私の心は穏やかではなくなり始めた。全科目で平均点以上は取らなければ。それが私に課せられた最低限のノルマだった。中間テストでつまずいた数学をケアしようと頑張っていると、今度は他の科目に穴ができ始める。
 T先生のほうは、私をお尻の体罰でしつけたことで、自分の指導に自信を深めたのかもしれない。今度の期末テストでは1年生全体で点数の底上げをしないと、私の他にも犠牲者が出そうな雰囲気になりつつあった。部活の練習も質・量ともに春先よりはるかにヘビーになっていた。
 1年生からは、T先生に対してさまざまな声が出始めた。すべてに厳しすぎるとか、部活に勉強をリンクさせるやり方はやめてほしいとか。一方で、勉学なくして部活なしともいえるT先生の方針は、総じて父兄に受けがよかった。私は何より、全科目のテストを自分でつくり、自分で採点してしまうT先生には頭が上がらないと思っていた。よほどの生徒思いでなければ、そんなことはできるはずがなかった。

 1学期の期末テスト。1年生の成績は全体としてさらに落ち込んだ。練習がきつくなり、部員の間から不協和音が出始めれば、それは自然な成り行きだった。
 私たちに比べて、上級生の成績は安定していた。その理由は明快だ。T先生のやり方についていけない生徒は、とっくに退部していたからだ。T先生は上級生に対しても、鉄拳も辞さない宣言をしていたそうだが、表沙汰にはなってはいない。私のような体罰を受けた生徒もきっといたとは思うが。私は生徒指導室でお尻をひっぱたかれた、あの平べったい木製の板を思い出していた。

 T先生は部活の後、また一部の生徒にテストを課した。7,8人が受けていたと思う。科目はやはりバラバラで、私は数学はセーフだったが生物でひっかかってしまった。
 今回は、敗者復活戦は一度だけしか与えられなかった。私はそこで2問を落とし、他に3人が落ちて生徒指導室のT先生に呼ばれた。
「おまえたちの成績では、夏の合宿には連れていけない。当分謹慎だ」
 私たち4人はみな黙って聞いていたが、心の中はバラバラだった。そのうちの2人は退部届を出し、受理された。中学時代、ハードルの県大会で入賞した早希は、かなり落ち込んでいた。私は思い切って早希に声をかけた。
「T先生のとこにお願いに行こう。合宿に連れていってくださいって」
「無理だよ。あの感じじゃ」
「そこをダメもとで頼み込むんだよ」
 T先生の体罰を受け入れたならきっと合宿に行かせてくれる、私はそう信じていたが、そのことは早希には言わなかった。早希はきっとびっくりするだろうが、決める権利は早希にあるのだから、私はそう考えた。  

 ある夏休みの夕方、練習を後えた私は早希を連れて、再び生徒指導室のT先生を訪ねた。T先生は、私が懇願しに訪れるのを待ち構えていた気がした。
「言いたいことはわかっている。合宿に行きたいんだろ」
「はい」
 私たちは声を合わせた。
「それなら罰を受けろ」
 T先生は事もなげに言った。
「罰? なんですか?」
「体罰だ。おまえたちの尻をひっぱたく」
 早希が仰天して私のほうを見た。
 私は早希の眼を見据えて小さくうなずいた。
「明梨、知ってたんだ」
 早希が私を見る眼が、私を責めていた。
「違うんだよ、早希。あなたのハードルに込めている思いが、私にはわかるのよ」
 早希は黙ってうつむいた。
「早希、おまえは帰れ。合宿から戻ったらまた連絡する」
 そのとき、早希が顔を上げて、T先生の顔を見据えてきっぱりと言った。
「私、罰を受けます。ぜひ合宿に連れていってください」
 T先生は深くうなずくと、今度は私のほうを見た。
「明梨」
 私は黙って頭を下げた。

 私と早希は黒板の両端にそれぞれの両手をついて立った。私は早希のほうをチラッと見た。明らかに動揺しているのがうかがわれた。早希のすぐ後ろに、あの平べったい板の柄を右手で握っているT先生が立っていた。
「早希、そんなふうにつっ立ってると、ひっぱたかれた瞬間に頭を黒板に打ち付けるぞ。もう少し後ろに下がって前屈みになれ」
 T先生の言葉に我に返ったように、早希はすぐに子供がお仕置きをされるときの姿勢をとった。そのちょっとした仕草に、早希の純な心が表れている気がした。
 すると今度、T先生は私のほうを見た。ちょっと怖い眼だった。ちゃんと黒板のほうを向いて、早希と同じ姿勢をとって待っていなきゃいけない、私はそう悟った。
 次の瞬間、早希のお仕置きが始まった。バシッ。陸上用の薄い短パンのお尻にあの平たい板。2カ月前、私が一人お仕置きをされたときと同じ音だった。バシッ。うっという押し殺したような、小さな短い声が聞こえた。バシッ。私はチラッと早希のほうを見た。バシッ。ちょうどその瞬間、あの平たい板が早希の短パンのお尻を打ち据えた。早希の小さいお尻が前に少し揺れた。T先生は早希のお尻をひっぱたくことに集中していて、私の視線にはまるで気づかないふうだった。バシッ。結局早希は、お尻叩き20発の罰を受けた。  

「痛いか? 痛いだろ。早希は少しこのまま立ってろ。これから明梨を罰しなきゃいけないからな」
 T先生の言葉は穏やかだった。早希は短パンのお尻をそっと両手のひらで包むようにして、いたいけな子供のような表情でT先生を見上げ、うなずいた。  

「明梨、またおまえだな。いくぞ」
「はい」
 私は大きな声で返事をすると少し曲がっていた両肘をまっすぐに伸ばし、短パンのお尻を突き出すポーズをとった。2度目のお仕置きなので、前ほど躊躇しなかった。バシッ。2カ月間忘れていた、あの強烈なお尻の痛みが甦った。バシッ。早希が私をじっと見つめている、その視線も意識していた。私は妙に恍惚とした境地にはまっていく気がした。バシッ。私はいまこうして同級生の前で、見せしめの悪戯っ子のような罰を受けている。その現実にまるで堕ちていくかのような不思議な感覚。なんなのだろう。バシッ。お尻がひたすら熱い。下唇をかみしめて、私はさらにT先生に向けて短パンのお尻を突き出した。バシッ。私のお仕置きも、20発だった。

「早希、後悔してない?」
 私は夕陽の差し込む更衣室で早希に聞いた。
「ううん、大丈夫。わたし、T先生のこと、尊敬してるから」
 早希はきっぱりと言った。早希もやはり、全科目のテストを手作りして採点まで一人でしているT先生を見て、心が動いたのだという。
「ただハードルがやりたいんじゃないの。わたし、ここでやりたいの」
 そのとき、私と早希の心が通じ合った気がした。私たちは抱き合い、そして2人で涙を流した。

 私と早希はずっと片手で痛いお尻をさすりながら、夜の港町の家路を急いだ。駅で電車を待つ間、私は言った。
「早希、その鞄、お尻に当ててごらん」
 早希はきょとんとしたまま、四角い革の鞄を自分のスカートのお尻に当てた。
「うわ、冷たい」
 早希がはしゃぐように言った。
「な? 冷たいだろ」
 私はそう言いながら、今度は自分の鞄を自分のスカートのお尻に。
「冷た」
 私は飛び跳ねる仕草をして苦笑した。
「何やってるんだろ、わたしたち」
 早希も笑い出した。

 お仕置きされた後の更衣室での着替えは、しばらくはほんとうに気を使う。お仕置きの跡は短パンなら見えないけど、ビキニではどうしても見えてしまうからだ。だから私と早希は、体を重ねるようにして着替えることになる。もしかするとお仕置きの跡に気づいていた子もいたかもしれないが、誰にも何も言われなかった。
 私と早希がその夏なかなか泳ぎに行けなかったのは、じつは1学期の期末試験後に受けたお仕置きのためだった。その跡が消えるまで、ビキニは絶対に無理だった。

 2学期の中間テストは、私も早希も、他の1年生部員の全員もセーフだった。
 たまたまT先生の問題が今回だけ易しかったみたいだ。ところが期末テストでは、私と早希の2人だけがまたしても落ちこぼれた。もうこの頃には、1年生の部員は入学当初の半分に減っていた。文武両道をきっちりとこなせる生徒だけが残り、私と早希がなんとかついていくといった状態だ。
 あまりの退部者の多さに批判の声も出たが、勝ち組として残った部員の父兄たちがT先生を強くプッシュした。当然のことだが、女子陸上部員の平均点は試験のたびに上昇した。

 私たち女子陸上部員は、練習中は真冬でも短パンしかはかせてもらえない。師走も押し詰まった頃、私と早希は脚を震わせながらT先生の待つ生徒指導室に向かった。期末試験後のラストチャンスのテストを受けるためだ。そのテストにも2人揃って失敗し、いよいよお仕置きというときに私は口を開いた。
「あのう、先生、聞いてもいいですか?」
 私はもう、T先生のことを怖がってはいなかった。T先生は静かにうなずいた。
「その平たい木の板、いつ頃から使ってるんですか?」
「さあ、いつだったかな。もうずっと使ってるな」
「ということは、ずっとその板で、部員たちのお仕置きをしてきたってことですか?」
「それがどうしたんだ」
「いえ、いいんです。でも先生の体罰の噂って全然聞かないから」
「俺はいわゆる体罰教師じゃない。高校生としての本分を守れない生徒は、部活に出てくるべきじゃないと言ってきたんだ。両立できないなら、大事な方に専念すべきだ、違うか? ただ中には、おまえたちのようにすがってくる子が出てくる。そういう子には、根性を見せてもらう。その代わり、俺もしっかりサポートする。おまえたちはここでのことを誰かにしゃべったか? しゃべってないだろ。それなら噂も広がりようもない」
「先生、そのとおりだと思います」
 早希が立ち上がって言った。
「もう雑談は終わりだ。さあ、明梨」
 T先生はジェスチャーで、私に立ち上がるように促した。私は覚悟を決めて立ち上がり、早希と2人で黒板の両端に立った。

 私も早希もあの平べったい板で、30発ずつ思いっきりお尻をひっぱたかれた。いままで以上にT先生の一打一打には力がこもっていた。そのお仕置きには、いつまでも甘えているんじゃないという叱咤が感じられた。
 そういえばあの平たい板はパドルといって、アメリカでは昔学校で子供のお仕置きのために使われていた道具だそうだ。小学生のお尻に使うには、ちょっとかわいそうなくらいに痛い。
 私は早希を初詣に誘った。パドルの跡は、まだ2人のお尻から消えていなかった。
「パドル? ふーん。今度ネットで調べてみよっと」
 そう早希が言う。私と早希の間には、もう他の子たちが入れない世界ができていた。
「またすぐに期末試験だよ。今度は頑張らないと。あの調子だと、春合宿もあるし、次しくじったらもっときついお仕置きになるよ」
 私は言った。
「そうだね」
 2人で屋台の硬い木の椅子に座った。痛い、もちろんお尻が。また2人で顔を見合わせ、2人でそれぞれ自分のお尻に手を当てた。

 3学期の学期末ももう恒例行事のように、私も早希もお仕置きとしてT先生にお尻を強打され続けた。私は4度目、早希は3度目のお仕置きだった。
 春にはまた、春合宿があった。これにはどうしても行きたかったからこそ、厳しいお仕置きに2人で耐えた。
「もう1年たつんだ。もうすぐ新入生が入ってくるんだ。早いなあ」
 春合宿のある朝、早希がつぶやいた。
 私はじつはそのことが不安だった。1学期の頃、私たち1年生部員の関係はいつもギクシャクしていた。多くの部員が去っていくことで、少しずつ部内は安定していったのだ。また同じようなことが、たぶん起こるのだろう。そのとき、一人一人の1年生部員が何を考え、どんな行動をとるか、それは誰にもわからない。思いもよらない化学変化を起こしてしまう可能性はいつもはらんでいると思った。

 そろそろ頑張ってもっと学校の成績も上げないと、私も早希も2年生になり、さすがに真剣に考えるようになった。T先生の物理の授業も始まった。2人とも理系は大の苦手だった。暇があれば私たちは職員室でT先生の姿を捜していた。物理だけでなく、他の科目でも私たちはT先生を質問攻めにした。
 私と早希のT先生への傾倒ぶりは、他の先生たちにももう知れ渡っていた。職員室では、さすがにお尻をひっぱたかれることはなかった。

 そうした頑張りのおかげで、私も早希も1学期の中間テストでびっくりするくらい成績が上がった。これにはT先生も驚いていた。
「2人とも、やればできるじゃないか」
 もう問題児卒業かな。T先生に恩返しができたとほっとする半面、ちょっと寂しい気がした。きっと早希も、同じような気持ちを持っていたと思う。ひょっとした拍子に、思い出話が私と早希の口をついて出る。1学期の学期末、早希を誘って訪れた生徒指導室、泣きながら抱き合った夕暮れの更衣室、この1年を振り返りながら決意を新たにした春合宿の朝。すべてはT先生を中心にして回っていた。

 ところが問題は、別のところで起こっていた。案の定、T先生のやり方に新1年生の間から反発の声があがった。テストの成績の芳しくない生徒がかなり出た。そのうちの数人が私や早希のようにお尻叩きのお仕置きを受け入れ、そのことが他の1年生の口から校内に流れた。
 T先生は2週間の懲戒処分、部活指導は無期限停止となった。私も早希も、強いショックを受けた。

 懲戒処分の解けたある日の放課後、私と早希はまたT先生を質問攻めするために放課後の職員室を訪れた。
「部活、頑張ってるか?」
 私たちはうなずいた。この1年のこと、私と早希は感謝の言葉を述べた。
「もう2人とも、勉強と運動をしっかり両立させる習慣が身についた。よく頑張ったぞ」
 私は泣きそうになった。  

 初夏の夕暮れの港町を早希と2人で歩いた。ちょうど1年前、私が初めてT先生にお仕置きをされた帰り道のことを私は早希に話し出した。
 あの時、私は頭が混乱していた。凄いショックだったけど、なんかさっぱりしたような思いもあった。妙におどけたくなった。T先生に対しては、好きとか嫌いとかじゃなかった。なにか縁を感じた。自分はこれから新しい道を歩き始めるんだ、なんとなくそんな予感があった。早希は黙って聞いていた。
「わたし、明梨の気持ち、凄くわかる気がする」
 風が心地よかった。漁船の明かりが湾内を静かに滑っていた。  







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