お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  十戒


 私は中学2年生までを大阪の郊外で過ごした。母と弟の3人暮らし。小学校1年の時に両親が離婚し、それをきっかけにこの地に引っ越してきた。母は仕事に明け暮れ、平日は深夜帰りのこともあった。私たち姉弟にお金の心配をさせたくなかったのだろう。そして家事も、手を抜くことはなかった。自分一人で男親と女親、両方の務めを果たさなければと考えていたのだ。娘の私から見てもよくできた母親だったが、一つだけ閉口していたことがあった。それが母の「お仕置き」だった。

 母は理詰めの人間なので、感情的に私たちを叱ることはしない。日頃は笑いの絶えない家庭だ。ただ犯してはいけない決め事がいくつかあって、それを破ると私たちのお尻は大変なことになる。その掟は、両親が離婚してほどなくつくられた。掟の一つに、「年下の子を泣かせてはいけない」というのがあった。その掟を中2の春、私は破ってしまった。ああ全くなんて運が悪いんだろう。

 その日の夕方、弟のケンタが親友のリョウをわが家に連れてきていた。リョウのお姉さんは私の中学のクラスメート、ナツミだ。そこにはもう一人、見かけない男の子がいた。
「ケンタ、あの子、なんていう子?」
「コウジ。リョウんちの隣の子や。来たいって言うから」
「ふーん」
 コウジ君はどう見ても、ケンタたち2人より幼かった。私は小さい頃から母に、お姉ちゃんは弟や下の子の面倒をちゃんと見なきゃいけないと口を酸っぱくして言われていた。
 私は3人を近所の公園に連れていった。初めのうち、3人は仲良く遊んでいた。コウジ君は可愛い子で、私にすぐなついた。ところがしばらくして、私がケンタと話をしていた時に、思わぬハプニングが起こった。
 少し離れた場所で、リョウ君とコウジ君が何か言い争っている。年下のコウジ君の方はもう半泣きだ。私は「ヤバイ」と思った。急いで2人の間に入って、年下のコウジ君を優しく宥めようとした。ところがコウジ君は私が来たことで安心して、私に甘えたくなったのだろうか。私の顔を見上げるなり、大声で泣き出してしまったのだ。泣きたいのは私の方だ。これじゃ私が泣かしたみたいじゃん。
 コウジ君は泣きながら帰っていった。ケンタとリョウ君がなんとかとりなそうとしたが、無駄だった。コウジ君は大泣きしながら駆けだした。大変なことになったと思った。コウジ君が帰れば、事は明るみに出る。となれば、母のお仕置きは私たち姉弟はもう確定、リョウ君もただでは済まないかもしれない。私は急いでケンタを呼んだ。
「あの子は関係なかったことにして、ここからすぐ家に帰そう。あたしがリョウ君の荷物とってくるから、リョウ君にはうまく説明しといてや」
 ケンタは真剣な表情でうなずいた。ともかく母が帰ってくるまでに、なんとか取り繕わないと。時間がない。私は焦った。私の本心はというと、リョウ君をかばいたいという気持ちももちろんあったが、リョウ君にわが家のお仕置きの実態がばれるのを何より恐れた。リョウ君にばれれば話はナツミに伝わる。

 気がつくと日はもうとっくに暮れていた。母は家にはまだ帰っていなかった。急いでリョウ君の鞄を手にすると、私は公園にとって返した。
「リョウ君、あんたは関わりなかったことにして帰りーや」
 リョウ君はバツが悪そうだった。
「だって、俺が悪いのに。ケンタ、帰ったら母ちゃんにほんまにケツひっぱたかれるんか?」
 リョウ君がケンタのほうを向いて聞いた。
「うちにはうちの決まりがあるんよ。リョウ君は家に帰って、リョウ君のお母さんに叱られれば済む話や」
 ケンタを遮るようにして私は言った。
「俺たち、もう帰らな。じゃリョウ、また月曜日な」
 決心がつきかねるようにたたずむリョウ君を残して、私とケンタは家路を急いだ。

 私とケンタは家に戻ると、ほとんど言葉も交わさずに向かい合ってダイニングテーブルの前に座っていた。母が帰ってきたのは8時を少し回っていた。母は帰り道、リョウ君のお母さんと携帯で話していた。
「話は全部聞いたわ。リョウ君は全部自分のせいだ言うとるそうやけど、あんたらも悪い。小さい子を泣かしたまま帰したら、そりゃあかんわ。アユミ、あんたがいちばん姉さんやないか」
「うん」
 私はもう自分のお仕置きは覚悟していた。
「明日リョウ君が来るそうや。あんたらにも謝りたいんやて。そのときに、3人お尻並べてお仕置きや。ええな」
 まさか。最悪やん。
「リョ、リョウ君は」
「何や」
 私はそれ以上言葉を継げなかった。

 翌日、早めに帰宅するという母の言葉に従って、3人は神妙に家で待機していた。
「ケンタの母さん、厳しいんやな。姉貴も驚いとったわ」
 あーあ、ナツミにもばれちゃった。
「ケツ、めちゃ痛いんか?」
「まあな。でもリョウには手加減するやろ。姉ちゃんが年上やから、いちばんやられるな」
「そうなんか?」
 リョウ君が私の顔をまじまじと見つめるので、なんだか恥ずかしくなって私はうつむいた。

 母は帰宅するなりリョウ君に言い聞かせるように話し出した。
「ごめんな。これはうちのルールなんよ。あんたのお母さんにも、うちの子も遠慮せんと一緒に罰してやってください言われてな」
「それでいいんです」
 リョウ君はきっぱりと言った。
 私とケンタはリビングを出された。そのリビングのソファで、まずリョウ君のお仕置きが始まった。ビシッ。音は隣の私たちの和室にまで大きく響いてくる。音からすると、あの幅広の革ベルトだ。想像するに、ソファの肘掛けのところにお尻を乗せるスタイルでお仕置きをされているのだろう。リビングでのお仕置きはいつもそうだったから。ビシッ。母はいつもより間隔をあけながら叩いていた。それはリョウ君への配慮だと思った。お仕置きは15発くらいで済んだ。

 リョウ君と入れ替わりにケンタがリビングに入った。リョウ君が半ズボンのお尻を押さえながら和室に戻ってきた。
「リョウ君、すぐ済むでな。ちょっと待っててな」
 母の大きな声がして、それからすぐにケンタのお仕置きが始まった。ビシッ。やっぱり、さっきより音が大きいなと思った。私の時にはさらにお尻の音は大きくなるはずだ。
 リョウ君は黙って耳を澄ませるようにして、ときどき私の方を見た。
「痛かったでしょ、お尻」
 私の言葉に、リョウ君はうなずいたあとポツリと言った。
「でも、ケンタのほうが痛そうや」
 ケンタのお仕置きは30発続いた。

「痛えなあ。ケツがまだ痺れてらあ」
 ケンタがお尻を押さえて、おどけるように言いながら戻ってきた。
「リョウ、お待たせ、ここで遊ぼうや」
 やっぱりケンタはお仕置き慣れしている。
「2階に行かへんの?」
「いや、今日はここのほうがええ」
 私が言うと、ケンタはニヤリと笑って返した。

 私が覚悟を決めてリビングに入ると、待っていたのは母のお説教だった。
「あんたが姉さんやないか。あんたが宥めなあかんやろ」
 私は反論したかったが、言っても無駄だと思って黙っていた。それが母にはふてくされて見えたようだ。
「あんた、今日態度悪いな」
 母は不機嫌になった。予想していたとおり、ソファの肘掛けに私はデニムのショートパンツのお尻を乗せることになった。ビシッ。やっぱりあの幅広の革ベルトが、私のお尻の真ん中に飛んできた。ビシッ。今日の母は気合が入ってるな。2発でお尻全体が熱くなった。ビシッ。それにしても、隣の部屋が静まり返っている。聞き耳たててるんじゃないわよ。私のお尻の音なんか聞いてないで遊んでなさいよ、もう。ビシッ。
 ベルトで30発お尻をひっぱたかれた後、母は玄関から竹の靴べらを持ってきた。門限破りの時、よく玄関でお仕置きをされた靴べらで、先のお尻に当たる部分が広くなっていた。バシッ。お尻の音が変わった。隣室で2人が何かしゃべっている。私へのお仕置き道具が替わったことをしゃべってるのよ、きっと。恥ずかしさとお尻の熱さで顔まで熱くなった。バシッ。竹の靴べらは20発。合計50発のお尻叩きのお仕置きがやっと終わった。

 翌朝の通学路でナツミと出くわした。
「ねえ、どうだった?」
「何が?」
「オ、シ、オ、キ」
 ナツミは悪戯っぽく言った。
「どうもこうもないわよ」
 私はお尻に左手の甲を当てながら言った。
「リョウがねえ、ケツが痛え、痛えって大騒ぎだったわよ。でもケンタの姉ちゃんは俺の3倍以上ひっぱたかれてたって、ベルトと竹の靴べらだっけ。ビシッ、バシッて凄え音が聞こえてきたって」
「そうなのよ。ねえ、誰にも言わないでよ」
「言わないよ。でも大変だね。アユミのお尻も」
 そう言うと、ナツミは笑い出した。

 その日から、ナツミと私はいままで以上に親しくなり、他の子には言えないことでも話すようになった。リョウ君もますます頻繁に遊びに来て、ナツミのお母さん、うちの母も含めて家族ぐるみのつきあいになった。
 それから一月ほどたって、今度は門限破りで母のお仕置きを再び受けることになった。お尻はもちろんメチャ痛いけど、それはいつものこと。いままでと違うのは、私が受けたお仕置きの詳細が、弟からリョウ君を通じてナツミにまであっという間に伝わってしまったことだ。
「アユミ、またやられただろ。オ、シ、リ」
「もっと小さな声で言ってよ」
「布団叩きって、でかい音しそう。あれでパンパンってひっぱたかれたんだね」
「詳しいなあ。みんな知ってるんだ」
 私とナツミはその日、部活の試合で東京に向かっていた。電車の座席に座るとお尻が痛くて、私はお尻のあたりをモゾモゾさせていた。
「おい、大丈夫か? 新幹線でケツ痛いってか。アユミ、ファイト!」
「もう、他人事だと思って」
「あたしだって、昔はやられたよ」
「いつ?」
「小学校の3年くらいまでかな」
「普通はそんなもんだよねえ」
「いや、それは個人差が、アユミは、ほら、幼いから」
 私は頭にきて返事をしなかった。

 ナツミも小学校低学年の頃は、いつもお母さんにお尻をひっぱたかれて叱られていたらしい。私たちはよくお仕置き談議をした。小さい頃は母の膝の上にうつぶせに乗せられて両脚が宙に浮いて怖かったとか、どんな道具でお尻をひっぱたかれるのが痛いとか、怖いとか、恥ずかしいとか。でも私のほうが全然詳しいので、ナツミはいつも感心していた。
「あたしがよくやられたのは竹の靴べらとか。お尻痛かったあ」
「それより籐の布団叩きとか、幅広の革ベルトのほうがずっと痛いよ。ひっぱたかれる面積も広いし」
「へえ、そうなんだ!」
「膝の上だったらお土産用の木のしゃもじとか。柄が短いから続けざまにひっぱたかれて、すぐにお尻真っ赤になるよ」
「へえ、そうなんだ!」
 ナツミは噴き出すようにして笑い出した。

 中2の終わり、私の一家は引っ越すことになった。私と弟のお仕置きの思い出が染みついたわが家に、私はナツミを呼んだ。ナツミは母に別れのあいさつをしていた。
「お母さん、アユミちゃんはね、みんなに好かれてたし。寂しいなあ。でも、ちょっと」
「何かしら」
 ナツミが一呼吸置いてから答えた。
「みんなより幼いかな」
 母は納得したように深くうなずいた。

 わが家のルール、それを破ればお尻の体罰というルールは、母が中3まで定めたものだ。まだたっぷり1年残っている。わが家のお仕置きのこと、あと1年は誰にもばれないで過ごせるかな。それとも今度みたいに、弟とか通してみんなばれちゃったりするのかな。ま、それもいいか。おかげで私はナツミという、かけがえのない友達ができたのだから。  







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