お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  果てしなき報復


 4月29日、私の住んでいる大阪府K町で、板金工をしている17歳の少年が、シンナーのせいで溜め池に落ちて死亡した。そのちょうど1カ月後、無職の17歳の少年が、やはりシンナーによる心不全で死亡した。しかしそれらは、これから私が体験することになる、おぞましい事件の序章にすぎなかった。

 それからおよそ1週間後、やはり17歳の少年が自宅近くの玉ねぎ小屋で首つり自殺した。近くには「借金を返してほしい」という遺書らしきものがあったという。
 さらに1週間後、今度は自殺したその少年と暴走族仲間だった土木作業員の18歳の少年が、昔住んでいた自宅の納屋でやはり首つり自殺した。
 自殺の連鎖はなおも続いた。その1週間後、旅館従業員の18歳の少年が、農作業小屋で首つり自殺した。
 小さな町は、この死の連鎖の話題でもちきりになった。旅館従業員の少年は、手首を後ろ手に軽く縛られた状態で発見された。警察は衣服に乱れがないことと、自分でも縛れるような縛り方だったとして、自殺と断定した。これがさらなる噂の呼び水となった。わざわざ手首を縛って自殺するのは不自然だし、衣服が汚れていたという目撃証言もあったとか、警察がもみ消しを図っているという不信感が町の人たちを覆った。

 私がとくにショックを受けたのは、その旅館従業員の少年とは顔見知りだったからだ。少年は高知県の強豪高で野球をやっていたがやがて中退。自殺した土木作業員の少年と知り合い、彼の父親が経営する土建会社で働くためにこのK町にやってきた。
 じつは私は高校時代にソフトボールをやっていて、大阪の体育大学に入学してから陸上競技に転向した。その前には少年軟式野球もやっていて、ふとしたことから野球のことなど話す機会があった。私の印象としては、どこにでもいる普通の少年だった。私はショックを受けたし、身近でこんな恐ろしい自殺、というより不審死が起こるなんてと背筋が寒くなった。

 さらに1週間後、K市の22歳の男性職員がK町内の森で首つり自殺。首つりに使ったシャツは、人間の手には届かないような高い場所に掛かっていたという。
 その頃から、私の身辺でもおかしなことが起こり始めた。練習が終わって学校のグラウンドから帰るとき、黒っぽい車につけられている、そう感じたことが数回あった。神経質になっていたことは確かだ。だが私には自殺した少年と多少の接点があったし、また1週間したら誰かが死ぬかも、そう本気で思った。私は友人や陸上部の監督にもそのことを話した。とくに練習後の夜は必ず誰かと帰るように、監督からはきつく言われた。

 私は日常生活に細心の注意を払っているはずだった。友人たちも代わる代わる私の傍についていてくれた。それでも人間、24時間気を緩めずにいつづけることは不可能なのだ。
 4人目の自殺者が出てから6日目の宵の刻、私は学校のグラウンドと道を隔てた場所にあるコンビニに買い物に出た。そのときも友人が用心のためについてきてくれた。私がヘアバンドをレジのところに持ち込むと、そのとき、友人は雑誌の立ち読みをしていた。
「もうちょっと読んでていいよ。あたし、お母さんに電話するから」
 私はそう言って一足先に店を出た。この頃、実家の母親には頻繁に電話を入れていたので、ランニングパンツのポケットから携帯電話を取りだした。実家の電話番号を半分くらい押したときだった。突然背後から誰かに首を絞められて、ナイフのようなものを背中に突き立てられた。さっき、ゴミ箱のところで煙草を吸っていた男だ。
「騒ぐんじゃねえ」
 男は押し殺した声で言った。私は一瞬ひるんでしまった。すると駐車場のいちばん手前に止めてあったフルスモークのワゴン車の後部座席から、素早い身のこなしで2人の男が出てきた。その2人の男に両腕を捕まれて、あっという間に私は車内に連れ込まれてしまった。私にナイフを突き立てた男は運転席に乗り込んだ。友人がコンビニから出てきたときには、もう車は走り出していた。ものの2、3分の出来事だった。

 私がひるんだのには訳があった。相手はただの不良じゃない、これはヤクザだ。そう直感して、身が縮みあがってしまったのだ。後部座席の一人の男が、車内に用意してあった太い麻の長いロープで私の腕を縛り始めた。背中の高い位置で両腕を組まされ、手首をきつく縛られて固定された後は、ロープの残りの部分で胸の周りをぐるぐる巻きにされた。2、3周巻くごとにロープをきつく締めるので、そのたびに髪が揺れ、胸の周囲が痛くなった。

「私が、何をしたって言うんですか?」
 私は胸をロープできつく巻かれながら、もう一人の男に恐る恐る聞いた。
「黙ってろ。あとでよーく教えてやる」
 男は静かに言った。車はどんどん人けのない方向に向かっていく。涙も出ず、ただ体がガタガタと震えだした。

 車が止まったのは、廃墟となった元旅館の前で、大阪では有名な心霊スポットだった。もうすっかり暗くなったその廃墟に、男たちは私を連れ込もうとした。後部のドアが開いて、私は2人の男に挟まれ車外に引きずり出された。
「早く歩け、コラッ」
 私を縛り上げた男が私の頭を叩いて言った。先導役は運転手で、もう一人の男が私の後ろ手に縛られた左腕を乱暴に抱えて、廃墟の奥へとためらわずに入っていった。先導役は朽ちかけた2階への階段を持っていた懐中電灯で照らし、上り始めた。その薄気味悪い階段を無理やり上らされて、さらに2階の奥へと進んだ。肝試しでもとても行けないような場所だった。その奥まったいかにも不気味な一室の前で、先導役は立ち止まり、扉をギーッと開けると懐中電灯で奥の方まで照らしてみせた。

「よし、ここにしよう」
 先導役が黒い袋から2本の別のロープを取り出した。さっき私を縛り上げた方の男が1本を選び、私を床に座らせてまずハイソックスの上から私の足首を縛り、それから剥き出しの両股をきつく縛った。もう一人は別の1本を、私の背中で組まされた両腕を縛り上げているロープに絡ませ、朽ちかけた柱に縛りつけた。先導役はその間、ポケットに片手を突っ込み、懐中電灯で私の顔や胸、脚を舐めるように照らした。

「さてと」
 先導役の男が私にゆっくり近づいてきてしゃがみ込み、私の顎を右手でつかんで、無理やりに私の顔を自分の方に向けさせた。
「おまえ、あの悪ガキどもの仲間やろが」
「誰のこと? もしかして、あの自殺した? ち、違います」
 私の声はすっかり震えていた。
「なあ、ねえちゃん、あの野球やっとったくそガキおるやろ。知らねえわけねえよなあ」
 男は私の髪の毛をつかんで強く前後に揺さぶりながら言った。
「し、知ってます。それが何か」
「何かじゃねえんだよ。うちのオヤジの大事な一人娘回してくれたんが、あのくそガキどもやろが!」
 男は怒鳴った。
「そんなこと、知りません。ほんとです」
 私は必死に訴えた。
「その回された現場によ、女が2人いたそうじゃねえか。おまえとよ、もう一人は誰なのか。それが聞きてえんだよ!」
 完全に人違いされている。でも、それを証明する方法がない。私は半泣きになった。
「おまえもあいつらみたいに遺書書かせて首吊らすぞ!」
「じ、自殺じゃなかったんですか?」
「どうでもいいんだよ、そんなこたあ。サツが自殺言うてんなら、それでええやろ」 
 男はニヤリと笑った。なんでこんないざこざに巻き込まれなきゃいけないの? 

 そのとき、男の携帯電話が鳴った。男は敬語を使って、かしこまった感じで話しだした。それから2人の男の方を向いて言った。
「俺、これからオヤジのとこいかなあかん。こいつ、明日まで生かしとけ」
「別の場所に連れ出しますか?」
「いや、動かん方がええやろ。まだ肝試しの季節には早いやろし、ここなら誰も来んやろ。よう見張っとけ。ロープ、緩まんようにせえよ」
「猿轡もかませときますわ」
 そう言った方の男が私の背後に回り、ロープの緩んでいる箇所はないか、点検し始めた。そして私の両腕や両股、足首の自由が利かないことを念入りにチェックした。

 先導役の男が去ったあと、私は口にティッシュを詰め込まれ、タオルできつく猿轡をかまされた。
 猿轡をかませた方の男が言った。
「おまえ、先に車で仮眠とってこい。俺が見張っとるわ」
 もう一人の男が出ていった。私は、レイプされるのではという恐怖を感じて身を強ばらせた。だが、残った方の男は疲れ切ったように床に座り込み、廃墟の壁に背をもたせかけると、自分も眠り込んでしまった。逃げるなら、いまがチャンスだった。私は必死にもがいたが、腕にも脚にもがんじがらめに太いロープが絡んでいて、それを緩めることすらできない。ロープを自力で解くのはあきらめるしかない。私は体力の消耗を防ぐために柱に背をもたせかけ、脚を投げ出して目を閉じた。底なしの疲労感が私を眠りへと誘った。

 誰かに髪の毛をつかまれて激しく揺さぶられ、私は目を覚ました。足の付け根までめくれ上がったランニングパンツのお尻を、別の男に硬い革靴の甲のところで何度も蹴り上げられた。お尻に鈍い痛みが沁みた。いったい私、何時間眠ったんだろう。気配からすると、もう夕方近い感じがした。
「いい度胸してんじゃねえか。ええ? グースカ眠りやがって」
 先導役の男が帰ってきたのだ。
 私はもう意識が朦朧としていた。何も食べていないこともあったが、それ以上に脱水症状だった。3人の男たちは何かヒソヒソと話し始めた。
「コイツじゃねえ。だが、コイツはもう消さねえとな。サツは黙らせる。ともかく関わったやつは一人残らず血祭りにしてさらせ、それがオヤジの指示や」
 先導役の男が言った。私を柱にくくりつけていたロープと脚のロープだけが、あとの2人の男によって解かれた。上半身のロープと猿轡はそのままで、私はまた男たちに囲まれて廃墟の中を足早に歩かされた。見覚えのあるあのフルスモークのワゴンに押し込まれると、車は今度は町へと向かって走り出した。もうすっかり辺りは暗くなっていた。

 車は見覚えのある住宅街へと入っていった。やがて学校のグラウンドが見えてきた。そして、グラウンド脇で止まった。そこで私はやっと猿轡をはずされ、後ろ手に胸をきつく縛り上げていたロープが解かれた。
 後部のドアが開き、一人の男が先に降りて、黙って私も降りるように合図をした。いまの私には、もう言われたことを何とかするのが精いっぱいだった。思考も停止していた。後から降りた男の方の手には、光る物があった。その光る物が、突然私の方に向かってきた。次の瞬間、胸の辺りに鈍い痛みを感じ、私は側溝に倒れるように転げ落ちた。今度は首の辺りに光る物が真上から振り下ろされた。私は咄嗟に反応し、首を横に振った。

 そのとき、道の向こうから人が走ってくる気配がした。足音は複数に感じた。
「おい、引き揚げるぞ」
 先導役の男がそう言い、3人は慌てて車に乗り込むと、そのまま走り去った。
 車の後ろ姿が見えなくなった頃、側溝で血まみれになっていた私を誰かが抱きかかえてくれた。
「違う、違う、私じゃ……」
 薄れていく意識の中で、私は必死に訴え続けた。  







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