お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  村祭りをもう一度


 私がこの日本海側の港町の支局に赴任して、もう3年の月日が過ぎた。私たち新人の仕事は、まず高校野球の地方大会の取材から始まる。それから地域のニュースを地道に拾っていく。全国的でもあり身近な問題としては、いまも続く中学・高校でのいじめや体罰があった。
 一般に、体罰事件の取材は難しい。学校は閉鎖的空間で、なかなか当人たちの証言がとれないからだ。また、とれたとしても、生徒たちは記事にされることを嫌がった。取材源が学校側に推測されれば、さらに報復的な懲罰を受けるのではと恐れているのだ。生徒がけがをしたとか、それがもとで不登校になったとかの問題が発生すれば別だが、そうでない限り被害者も加害者も触られたくない、そういう空気があった。

 そんななか、私はあるキリスト教系の女子高の生徒たちとの接触に成功した。彼女たちの話は、私の高校時代からすると耳を疑うものだった。
 まず覚えきれないほどの校則が存在した。髪の毛の長さやスカート丈の違反、体育の時間での長すぎる半袖シャツや短パン、無届けアルバイトなどの理由で、女の子たちは教師から竹刀で容赦のないお尻叩きの体罰を受けていた。
 キリスト教に限らず仏教でもそうだが、そういう家庭の子は小さい頃から懲罰としての鞭を受けているケースが多い。叩かれる場所は、普通はお尻だ。そのせいか高校生になってもその体罰を割合素直に受け入れ、家庭でも問題視しないという傾向もあった。
 私は放課後の少女たちを喫茶店などに呼び出して、何度も言った。卒業までの3年間をなんとかやり過ごそうという考えはよくない、あなたの後輩たちがまた同じ目に遭うのよ、と。だが彼女たちからみれば、学校側だけでなく保護者までも皆敵だった。自分たちだけで戦えと言うのも無責任に思われた。

 じつは私も、一度だけ高校の先生から厳しい体罰を受けた経験があった。あれは3年生の春だった。その頃、私の両親はもう離婚するのかなと思うくらい諍いが絶えなかった。私は一人娘で話し合える兄弟もなく、家に帰るのが憂鬱だった。私の住んでいる奈良県の田舎からは、近鉄の特急を使うと比較的すぐ大阪の難波に出られる。そこが私の週末の居場所になった。
 薬にこそ手を出さなかったが、お酒も煙草もやった。週末のある夜、私は少し酔っていて、難波の繁華街の路上で担任のU先生に捕まった。私の悪い噂は校内にも広まっていて、U先生はわざわざ私を捜しに来ていたのだ。
「ここは田舎じゃない。夜の街で、そんな格好してたら、怖い目に遭うぞ」
 U先生は、私がはいていたデニムの短いショートパンツからのぞく太股のあたりをチラリと見て言った。

 帰りの電車は気まずいなんてものじゃなかった。4人掛けの席に2人で向かい合って座ったが、私はU先生と目を合わせられなかった。少し開けられた窓からは、早春の冷たい夜風が流れてきた。私はちょっと冷たくなった太股の上に両手を乗せて、ただうつむいていた。
 U先生は私を自宅に送り届けたあと、両親と3人で1時間くらい話し込んでいった。両親からは注意を受けただけだった。もともと2人とも、手を上げたり怒鳴ったりはしない親だった。でもU先生の方は、そう簡単には済まなかった。

 月曜日の放課後、私は一人教室に残るように言われた。U先生は体育館から竹刀を持ってきた。私はそれまで体罰を受けたことがなかったので、その竹刀を目の前にしても、本当に私、あれで叩かれるの?と半信半疑だった。
 でもU先生は本気だった。教卓のところに両手をつくように命令された。あの時のこと、いまでもはっきり覚えている。教卓の隅の小さな花瓶に、ピンクのチューリップが挿してあった。黒板には6時間目の日本史の板書が少し消されずに残っていた。校庭からは部活ではしゃぐみんなの声が聞こえてきた。誰かが教室に戻ってきやしないかとヒヤヒヤして、早くこのお仕置きを終わらせたかった。
 私は教卓に両手を添えて、U先生の方にお尻を向けた。
「茜、あんまり甘えるなよ、ご両親にも君はよく可愛がってもらってるじゃないか」
 U先生はそう言った直後、私のお尻に力いっぱい竹刀を振り下ろした。バシッ。廊下まで聞こえるような乾いた竹の音がした。涙が出るほど痛くて、体が前のめりになった。でもこのくらいの痛い罰は、受けてもしかたがないという思いもあった。
 2発、3発、U先生のお仕置きは続いた。そのたびに体が前後に揺れて前のめりになる。まだまだ許してもらえないな、そう思った私は教卓に両手をついたまま両腕を伸ばして立つ位置を少し後ろに下げ、前傾姿勢で踏ん張ってお尻を突き出した。悪戯した小学生がお仕置きされるときみたいに。高校3年にもなってこんな格好でお尻をひっぱたかれるなんてという屈辱感の半面、罰は潔く受けなければいけない、この屈辱感も罰のうちという気持ちもわいていた。お仕置きは15発くらいされたと思う。お尻には竹刀の跡が、赤黒い横線として何本も残った。

 あの日から私も変わったし、両親の態度も明らかに変わった。私は勉強に身を入れるようになった。両親は、少なくとも私の前では言い争いをしなくなった。わが家が明るくなったのだ。夜遅くまで勉強していると、母も起きていて夜食を作ってくれた。
 あの夜、U先生が両親の不仲を知っていたのか、3人で何が話し合われたのか、私にはわからない。でもあの1日があったから、いまの私と私の家族があることは確かだった。いまでも田舎に帰ると、U先生にだけは必ず挨拶に伺っている。
 私は決して体罰を肯定しているわけではないが、人が成長していく過程では、痛い思いもしなければいけないことは必ずあるとは思う。でもいま私が取材している女子高生たちの体罰の現実は、記者として看過できないものだった。そう思いつつ何もできない自分が苛立たしかった。

 もう一つ、私を憂鬱にしていたのは、支局でのいじめだった。地方支局でのいじめはどの社でも公然と行われていた。とくに私の社は全国紙とはいえ比較的規模が小さく、支局も小所帯だった。人事異動もほとんどなく、一番年下の私はほぼ奴隷扱い。とくに支局での1年目、学生時代には経験したことのない速さで原稿を書かなければならない。夕方までには仕上げないと、それに支局長が目を通して本社の印刷所に送り、翌日朝刊の早版に刷り上げるのに間に合わない。ついつい変換ミス、てにをはのミスや主述の齟齬が出てしまう。
「使えねえな。どうせお前は顔で採用されたんだろ」
 支局長にそう言われて、泣きながら田舎の暗い夜道を帰ったこともあった。セクハラまがいのことはしょっちゅうあった。お酒の席とか、何かの拍子にお尻を触られたり、叩かれたり。
 早く本社に呼び戻してほしいけど、それは遠い先のことのように思えた。大学時代、私は中国語と京劇を勉強していて、中国勤務を夢見てこの新聞社の門を叩いた。もしかすると、それも夢のまま終わってしまうのかも。
 日々の雑務に追われ、目標すら見失いかけた私は、ときどき変なことをつぶやくのが癖になった。
「もう死のうかな。……もう死にたい」
 どこまで本気かはともかく、このままでは自分が壊れていくなと思い始めていた。

 いつものように仕事を終えて帰宅した冬の夜のことだった。懐かしい友からのメールが届いていたのは。
「茜、元気か? どうしてる? 今年ももうすぐO祭りだよ。じつは私、今年は実行委員会仕切るからさ。茜もたまにはおいで。厄落とししに(笑)」 
 それは故郷の幼馴染みの由美子からのメールだった。
 O祭り。それは日本でも珍しい奇祭だ。神社で執り行われる神事も夫婦和合のエロチックなものがあったり、ちり紙を観客に投げつけたりと変わっているが、もう一つ、このお祭りには「厄落とし」という欠かせない行事がある。天狗やお多福に扮した男たちが、竹の棒でできた長い束で神社の参拝客や通行人のお尻を叩いて回るのだ。お祭りだからとなめてはいけない。竹の棒の先はバラ鞭状になっていて、お尻に跡が残るほどに痛いのだ。これには悪魔除けの意味が込められていた。
 この集落で育った私や由美子は、そのきつい洗礼を嫌というほど味わった。お祭りの日がくると、いかに天狗様から逃げ回るかがひたすら私たちの関心事だった。でも、子どもの足ではやがて捕まってしまう。最後は諦めて、私たちは天狗様の方にお尻を向けた。
 でもお祭りだから、もちろん楽しみもあった。なかでも屋台でいつも食べたねりあめが忘れられない。天狗様にお尻をひっぱたかれて、2人でお尻をさすりながら食べたねりあめ。まさに鞭の後のアメで、よけいに甘かった。
 田舎に帰ってみよう。私は即決した。古里が私にきっと元気を与えてくれるはず。どうせ帰るんなら、由美子に誘われたお祭りの日にしよう。由美子、地元にしっかりと根を下ろしてるな。私はそう思った。由美子は市の観光協会で郷土芸能のPRや郷土史の研究もしていた。年が明けてからは、ひたすらO祭りの準備に勤しんでいるという。

 お祭りの前日、私は久しぶりに実家に帰った。お正月すらろくに帰らない娘の突然の帰郷に、両親は少し驚いていた。翌早朝、私はビデオカメラを片手に通りに出た。まだ7時を過ぎたばかりなのに、もうところどころに法被姿の小さな人だかりができていた。
 そして通りの向こうの方から、バシッ、バシッと竹で地面を叩きつける音が聞こえてきた。音はだんだんと私の方に近づいてくる。あ、天狗様だ。私が音のする方向に目をやると、天狗様は私をしっかりと視界に捕らえていた。なんだか見覚えのある風貌。贅肉はついてるけど、私が子どもの頃、竹の棒の束から逃げ回ったときの天狗様だった。天狗様は黙って私を手招きした。もしかして、私が今年の厄落とし第1号? そうだ、子どものときのように逃げ回ってやろう。天狗様、追いかけてくるかな? 私の悪戯心に火がついた。
 それから通りで逃走劇が始まった。私も本気で走ったけど、天狗様も本気。法被姿の人たちは私と天狗様の追いかけっこを目の前にして、手を叩いて囃し始めた。私は結局2、3分で天狗様に捕まってしまった。
「あーあ、姉ちゃん、とっ捕まっちゃったよ」
 すぐ真後ろで誰かが言い、その言葉に笑いが起こった。
「厄落とし、お願いします」
 天狗様はうなずいた。黙ってはいたが、私のことは覚えているに違いない。回れ右して天狗様にジーンズのお尻を向けて、少し怯えるように背を丸めた。私の目の前には、さっき笑っていた人たちがいた。何人かは顔見知りだった。バシッ! 竹の棒の束が私のお尻でばらけるように勢いよく当たった。 
「うわ、痛っ!」
 私が顔をしかめてお尻をさすっていると、また目の前で笑いが起こった。

 午後からはいよいよ神社の能舞台で神事が始まった。国内外からカメラを持った観光客も大勢来ている。まずは飛鳥太鼓の演奏から始まった。そして私のお尻をひっぱたいた天狗様も舞台に上がった。農耕の所作や巫女さんの舞があり、天狗様とお多福の夫婦和合の儀式が始まると、見物客から笑いと歓声が上がった。
 神事は1時間ほどで終わった。これからまた、厄落としタイムが始まる。今度はお多福たちが竹の棒の束を持って、参拝客のお尻を叩き回る。お多福たちもみな見覚えのある人たちで、私は真っ先に捕まった。
「由美子の幼馴染みだよ。手加減なしでいいぞ」
 法被姿のおじさんが言った。あーあ、観光客なら手加減してもらえるのに。私はちょっとふて腐れたようにお多福にお尻を向けた。バシッ! その瞬間、横から後ろから、いくつかのストロボが光った。観光客にバッチリ、私のお尻叩きを激写されてしまった。やっぱり手加減なしだった。ほぼ水平に竹の棒の束がまた私のジーンズのお尻にめり込んだ。さっきひっぱたかれているからよけいに痛い。
 神社を出ようとしたら、今度はもう一人の方のお多福に捕まった。
「え? またですか?」
 でもお多福はやる気まんまんで、私の腕をつかんで放そうとしない。しょうがないなあ、もう、ま、いいか。私はそのお多福にもお尻を向けた。なかなか叩かれないのでチラッと振り向くと、もう神社から帰りかけた人たちが、立ち止まって固唾をのむように私の方に視線を向けている。私がお尻をひっぱたかれる姿をどうしても見届けたいとでもいうように。私はちょっと赤らんだ顔に右手を当てて、前を向いた。その瞬間、バシッ! 「痛っ」とお尻に手の甲を当てたまましばし呆然。やっと我に返って振り向くと、足を止めていた参拝客がぞろぞろと帰り始めた。何なのよ、私、見世物じゃないってば!

 私が由美子と待ち合わせしたのは、懐かしいねりあめの屋台の前だった。やっぱり鞭の後のアメになってしまった。私がお尻をさすりながらねりあめを舐めていると、由美子が笑いながら言った。
「やっぱり茜は、そういう姿が似合うなあ」
「天狗様に1発、お多福に2発。フルスイングでやられたわよ」
 私はまだお尻をさすりながら、頬を膨らませて言った。
「だって、昔の友達が久しぶりに帰ってくるから、思いっきり厄落とししてやってって、あたしが頼んどいたんだもん」
「あ、やっぱり由美子が犯人だな」
 私は由美子を叩くような仕草をしてそう言った。
「おっと、もう一人、まだ天狗様が残ってるから呼んでくるね」
 由美子は避けるようなふりをしてから走り出した。
「由美子! よけいなお世話だよ!」

 ほどなく由美子が、もう一人の天狗様を連れてきた。やはり見覚えのある風貌だった。
「やっぱり4人全員に一発ずつやられないと、厄落とし完了しないでしょ」
「しょうがないなあ、もう」
 私が天狗様にお尻を向けると、由美子は斜め前方にしゃがんでカメラを構えた。屋台の前にいた人たちも、何人かがカメラをいじり出した。屋台のおじさんまで私の顔をじっと見つめるので、私は恥ずかしくなってうつむいた。バシッ! 今日4発目。さすがにお尻の痛みが蓄積してきて、跳び上がりそうになった。
「すげえ、フルスイングじゃん」
 屋台の前で見ていた10歳くらいの男の子が言った。
「ああ、いい絵が撮れた」
 由美子が立ち上がった。
「ちょっと、由美子、その写真、由美子のブログに使ったりしないでよ」
「さあ、どしよかな」
 由美子はおどけて言った。

「どう? バッチリ厄落としできた?」
「バッチリすぎて涙が出そうだよ、もう」
 私はまだヒリヒリするお尻をさすりながら言った。
「でもよかったでしょ。じつはさ、ちょっと心配してたんだ。茜、最近元気なかったから」
 由美子は急に真顔になって言った。
「それでさ、みんなで励まそうって、ちょっと手荒かったかな?」
「ちょっとどこじゃないけど、でも嬉しいよ、由美子。なんかさあ、さっぱりしたなあ。これ、厄落としの効果かな」
「でしょ?」
 由美子がちょっと誇らしげに言った。

 冬の日が落ちるのは早い。冷え込みもきつくなってきた。明日は早朝から取材の仕事がある。深夜になる前には帰らなきゃ。私は由美子に別れを告げた。
 車に乗り込みお尻がシートに触れた瞬間、痛くて思わず体をよじった。私は苦笑した。でも、心はなぜかはればれとしていた。由美子たちが私のことを案じて、由美子たちのやり方で私を励まし、ちょっと手荒に気合を入れてくれた。その気遣いも嬉しかった。
「さあ、厄落とし、終了!」
 私は自分に活を入れるようにそう言うと、アクセルを踏む足に力を込めた。







Copyright © 2008 お仕置きファイル All rights reserved.
by お仕置きファイル