お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  春の花、見つけた


 私とりさは伊勢市にあるK高校の3年生、ともに中学から新体操に打ち込んできた親友だ。私たちの高校は、普通の高校と少しだけ違うところがある。高大一貫で神主や巫女を養成する、それがわが校の使命だった。校舎も伊勢神宮にほど近い。私の父は宮司、りさのお父さんも神主で、K高校の門戸を叩いたのは私たちにとって必然だった。

 そういうわけで、私たちの高校には普通の高校とは少し違った校則が存在している。簡単に言えばおしゃれ禁止。神に仕える者は常に身を清めていなければならない。茶髪やピアスがもってのほかなのは当然として、爪はきれいに切りそろえられているか、衣服の乱れはないかなども細かくチェックされる。昔のことは知らないけれど、管理教育時代の服装検査がいまも続いている、そう思ってもらっていいかもしれない。
 新体操部も厳しかった。外からは華やかに見える新体操だが、一般に運動部の部活のなかでも一番厳しいと言われる。理由はわからないが、昔からそうらしい。中学のときも演技がうまくいかなかったりすると、棒でお尻を叩かれることがしばしばあった。
 でも私たちの高校の部活の厳しさは、その比じゃなかった。減量がうまくいかなかったりすると、容赦なくビンタが飛んでくる。そして私がまだ高校に入るちょうど1年前、事件は起こった。3年生のうち1人の生徒が唇を切るけがをし、1人が過呼吸の症状に陥る体罰があった。それに抗議して1、2年生の全員が退部届を提出。地方紙にも取り上げられる騒動へと発展し、学校側もしぶしぶその体罰講師を解雇した。
 それでめでたしめでたし、とはいかなかった。新しく就任した新体操部の監督も、やはり体罰講師だったのだ。ただし、生徒にけがをさせないために、叩く場所は頬からお尻になった。でもビンタとお尻、両方を体験した上級生によると、お尻の方がずっと痛いという。大きなしゃもじみたいなので叩かれるので、痛みも尾を引くのだ。
 私もりさも、2年間の練習でずいぶんとお尻をひっぱたかれた。その大きなしゃもじで。運悪く股のあたりに当たれば、直だし跡も残る。練習中、その体罰の跡を仲間に見られるのも嫌だった。
 でもビンタのときと違い、大きな問題になることはなかった。それはお尻ならちょっと痛くても安全という親たちの思い込みもあったが、N講師の人間性による部分が大きかった。

 この高校に入学した頃、私もりさも、まだほんとうに子どもだった。学校の厳しい規則や道徳にすぐに辟易した。おしゃれしたい年頃だし、普通高に通う中学時代の友達とか見てれば、当然羨ましくなる。それに輪をかけて、新体操部の厳しい部活が待っている。
 私たちがいちばん辛かったのは、減量だ。ついつい学校の帰りに甘い物を食べる、夜食を摂る。結果は次の日の体重検査に表れてしまう。私とりさは自己管理もできない甘ったれた生徒という烙印を、新監督のN講師から早速押されることになった。
 最初の体重検査の日、目標をクリアできなかった1年生は6人いた。その日はN講師の注意だけですんだ。でも私とりさは、間食をやめられなかった。結果は1週間後の体重計に表れた。私とりさだけが、全く体重が落ちていなかったのだ。
 N講師は大きなしゃもじを持って、私たち2人の前に立った。そっと真横に立っているりさの方を見る。りさも黙って私を見つめた。
「2人とも、何見つめ合ってるのよ」
 N講師は笑いながら、しゃもじの先で自分の左手のひらをぽんぽんと叩いてみせた。もう言われた通りにするしかなかった。馬跳びの姿勢でりさの目の前でN講師にお尻を突き出した。バシッという恥ずかしい音が体育館に響いた。中学の先生にされたお仕置きよりずっと痛かった。私がお尻に手を当てて真後ろに立つりさの方に目をやると、N講師に強い口調で注意された。
「まだ終わってないわよ!」
 一瞬まさかと思ったけど、これ以上N講師を怒らせればさらにひどいことになると思い直した。再び馬跳びの姿勢でN講師の体罰を待つ。バシッ、バシッとさらに2発、お尻の真ん中をひっぱたかれた。
 今度はりさと立ち位置をチェンジした。りさは自分の目の前で私が思い切り3発ひっぱたかれた姿を見て、明らかに怯えていた。体育館にりさのお尻の大きな音が、また3度響いた。
 薄いレオタードの上からのお仕置きは、めちゃくちゃ痛かった。とくに体をひねったりすると、お尻の横や下の方に痛みが走った。でもこれが日常の光景なのだろうか。上級生はみな何事もないような顔をして練習していた。

 練習後、私たち2人は残されて、N講師に注意された。やる気があるのなら、体重が全く落ちていないのはおかしいと。N講師はもう40近い年齢だが、日頃節制しているせいか姿勢もよく、すらりとした体形をしている。
 お説教を聞きながら、私もあの年齢になってもあんなふうでいたいな、ふと思った。なぜか反発する気持ちは全く起きなかった。それが不思議だった。他の先生なら、爪が伸びていると軽く口頭で注意されただけでもムカッとくるのに。お尻3発もひっぱたかれたのに、なぜだろう。N講師には何か、生徒を納得させる力があった。

 帰り道、さすがにその日は私もりさも、道草してお菓子を食べる気にはなれなかった。
「あゆみ、今日はまっすぐ帰ろう」
 私はうなずいた。
「りさ、続けていけそう?」
 バスの中で、私はりさの目を真っすぐに見て言った。りさはすぐさま大きくうなずいた。私にはりさの心の中が読み取れたような気がした。私もりさも、新体操が大好きだ。それよりも遙かに、N講師は新体操を愛している。バスの座席に座るとお尻がまだ痛かったけど、もうそれはたいした問題じゃなかった。

 N講師のお尻の体罰は、その後も続いた。N講師は少しでも練習に身が入っていなかったりすると、それをすかさず見抜いた。叱られ役は、私とりさになってしまった。N講師はお仕置き用の大きなしゃもじをいつも身近に置いていた。そのしゃもじにN講師の右手が伸びるのは、恐怖だった。
「りさ、あたしたちがいつも練習中にお尻ひっぱたかれてること、家には内緒だよ」
 私は更衣室で、ついさっきお仕置きされたばかりのお尻をレオタードの上から右手でさすりながら言った。
「うん。そんなこと言ったら騒ぎになって、部活続けられなくなるかもね」
 どんなに厳しくお尻をひっぱたかれても、私もりさも部活をやめるなんてもう考えられなかった。2人とも口には出さなかったけど、N講師のファンになり始めていた。
 ところが私たちが守り通そうとしていた部活の秘密は、思いがけないところで公になった。

 その日は保護者会の日だった。私とりさはその日も朝練に遅刻して、N講師にあのしゃもじでお尻をひっぱたかれていた。
「あんたたち、仲がいいのはいいけど、お手々つないで遅刻してくるんじゃないの」
 N講師は呆れたようにそう言うと、まず私のお尻に、それからりさのお尻にきつい活を入れた。そのことはもちろん、夕方の保護者会では2人とも黙っているつもりだった。ところがN講師は保護者会の前に、私の母を見つけるなり小走りになって、それから走り出した。私も訳がわからず追いかけた。するとN講師は母の前で直立していきなりこう切り出したのだ。
「申し訳ありません。私、今日、娘さんをひっぱたきました」 
 そして深々と、母の前で頭を垂れた。母は面食らって言葉が出なかった。するとN講師は、私を叱り飛ばした理由を淡々と語り出した。朝練に遅刻したこと、それも2人揃って示し合わせたように、時間にルーズなのが顕著なこと、他の生徒の手前厳しい規律も必要なことなど。
 N講師の話が終わった後、今度は母がN講師に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。うちの子が間違ったことをしたときは、いつでもお願いします」
 それから間をおいて、少し心配そうにこう言った。
「あの……顔でしょうか?」
「いいえ、お尻です」 
 母は少し安心したように小さくうなずいた。

 それからN講師は保護者会が終わるのを待って、今度はりさのお母さんを捜しにいった。あとでりさに聞いたところ、私の母のときとほとんど同じやりとりがあったという。
「N先生って、すごいね」 
 りさがぽつりと言った。私はうなずいた。そのすごいという言葉には、いろんな意味が込められている感じがした。爪がどうの服装がどうのと注意されては、すぐむくれたり口答えしたりしていた私もりさも、N講師に対してだけはまったく反抗する気が起きなかった。もちろん体罰は痛いけど、それが怖いからじゃない。N講師だけが私たちにいつも真っすぐに向き合ってくれて、その姿勢は保護者に対しても変わらない。中学にも小学校にも、そんな先生はいなかった。

 新体操部の厳しいお尻の体罰の噂は、校内でも広まり始めた。N講師が全然隠そうとしないのだから、当然とも言えた。でも指導のいき過ぎという声は上がらなかった。一番の当事者の私とりさ、そして両親がN講師を支持していたし、個人も団体も着実に強くなってきていた。
 その日、たまたま部活の終わりが一緒だったので、私はBFのE君と一緒に帰ることにした。道すがら、E君が切り出した。
「そう言えばあゆみ、聞いてるぞ。部活でいつもN先生にケツバットされてるんだろ。大変だなあ」
 あーあ、男子もみんな知ってるのね。もうしょうがないか。
「ケツバットじゃないよ」
「嘘つけ! あゆみとりさが叱られ役で、いつもN先生にケツひっぱたかれてるって、みんな言ってるぞ」
「うん。叱られ役はそうだし、いつもお尻ひっぱたかれてるのもそうなんだけど」
「じゃあどう違うんだよ」
「バットじゃなくてさあ、大きなおしゃもじ」
「アハハ、いや、悪い悪い。で、そのでっかいしゃもじでぶっ叩かれると痛えのか?」
「もう、他人事だと思って。自分でやられてみればわかるでしょ」
「そりゃそうだ。そういやあゆみ、さっきバス乗ったとき座ろうとしなかったろ。わかった。今日も部活でケツバットされてきただろ」
「だからケツバットじゃないってば」
「やっぱりやられてきたな。じゃあ、ケツしゃもじとでも言えばいいのか?」
「知らないよ、もー」
 何なのよ、この会話。しばらくぶりにBFと帰れると思ったのに。私は恥ずかしさと屈辱感でいっぱいになった。

 3年生になった。私たちの高校の卒業生は、当然のようにみな一貫校のK大学に進学する。神主や巫女になるためにこの高校を選んだのだから当然だ。親もそれを望んでいる。まして私は宮司の一人娘。子どもの頃から神社を遊び場にしていた私にとって、巫女になることは憧れですらあり、決して嫌じゃなかった。アルバイトの巫女お姉さんに正月の社で膝に乗せてもらい、私もあんなふうになりたいなと思った思い出もあった。でも私には、もっと強い大学で新体操に打ち込みたいという気持ちも芽生えていた。
 その迷いは練習にも表れるようになった。ある日、団体の演技でミスをして、みんなの足を思い切りひっぱってしまった。やばいな、N講師に呼ばれてまたお尻をひっぱたかれる。そう覚悟してN講師の方を恐る恐る見た。ところがN講師は思いの外穏やかな顔で、私には一瞥もくれなかった。
「もう一度初めから、やり直し」
 りさが私の耳元でささやいた。
「あゆみ、ラッキーじゃん。今日N先生、めちゃくちゃ機嫌いいみたい」
「うん」 
 私は生返事をりさに返した。

 放課後、N講師から呼び出しを受けたのは数日後のことだった。
「あゆみちゃん、練習に身が入ってないぞ。どうした?」
 N講師の方を見ると、口元には笑みが浮かんでいる。私は自分の迷いをN講師に打ち明けてみることにした。心を開いて話せるのはこの人しかいないという確信があった。N講師は黙って私の進路の悩みを聞いていた。
「あなたには才能があるわ。その才能をより生かせる道に進みたいと思うのは当然のことよ。あなたは宮司さんの一人娘だったわね。ご両親には私から話してみる」
 N講師は立ち上がると、私を抱きかかえるようにしてドアのところまで連れていった。私はなんだか泣きそうになり、よろけそうになった。
「東京の体育大学に行きたいんでしょ。推薦で行けるように、やってみる」
「N先生」
 もうだめだ。廊下に出てドアが閉まった瞬間、涙が止まらなくなった。

 あの保護者会の日から、母はすっかりN講師のファンになっていた。父はかなり驚いた様子だったという。私が子どもの頃から神社に慣れ親しんでいる様子を目にしてきた父は、巫女さんになるものと思い込んでいたのだ。だがN講師は、父の信頼もしっかりと勝ち取った。やがて東京の体育大学への推薦入学が決まった。
「あゆみ、卒業するまではK高校の生徒だぞ。神様にお仕えするための学舎であることを忘れるなよ。まだまだ厳しくしつけるぞ」
「はい!」
 もういつものN講師に戻っていた。退部の前日まで、N講師のお尻の体罰は続いた。とくに減量については他の誰に対してよりも私に厳しく、ちょっとでもウエイトオーバーすれば容赦なく大きなしゃもじがレオタードのお尻に飛んできた。私は体育大学で競技者としてより上を目指す。自分で体重管理もできなくてどうする。 そう言われれば反論のしようもなかった。

 卒業を控えた冬休み、私は伊勢神宮で巫女のアルバイトをすることにした。りさも一緒だった。年末年始とか、一度やってみたかったのだ。神主さんたちも先輩の巫女さんたちも、私たちを可愛がってくれた。やはり環境というか、そういう所作が子どもの頃から私にもりさにも身についているのだ。とくに巫女さんたちは、アルバイト巫女の身なりや振る舞いを厳しくチェックしている。プロとしてのプライドから遊び半分でやられるのを嫌がるのだ。私もりさも、すぐに合格点がもらえた。
「やっぱりK高校の優等生だわ。違うわね」
 K高校出身の先輩巫女さんだった。
「ところであなたたち、新体操部だったんだってね。大変だったでしょ。新聞にも載ったあの体罰事件」
「でもあの事件は、私たちが入学する1年前でしたから」
 りさが答えた。
「あ、そうだったんだ。じゃあもう体罰とかはないのね」
 私とりさは困ったようにお互いに顔を見合わせた。
「え? まだあるの? 顔腫れたりしなかった?」
 先輩巫女さんが心配そうに言った。
「大丈夫です。顔は叩かれませんから」
「じゃあ、他の場所は叩かれてたの?」
「……おしり、です」
 りさが恥ずかしそうに黙り込んでしまったので、私がしかたなく答えた。
「なんだ、おしりかあ」
「そんな大声で言わないでくださいよ」
 りさがそう言うと、先輩巫女さんはうなずいてクスクスと笑い出した。

 伊勢神宮でのバイト最後の帰り道だった。
「りさ、神社のバイト、楽しかったね」
「うん、巫女さんもみんな優しかったし」
「学校でお尻叩かれてるって言ったら笑われちゃったけど」
「あゆみ、バカ正直に答えるんだもん」
 りさが少し顔を赤らめて言った。
「でもN先生、いい先生だったね」
「だったって、何過去形で言ってるの。ときどき体重計持ってあゆみのとこ行くって言ってたぞ」
「マジ? まさかしゃもじは持ってこないよね」
「さあ、どうだか」
 風もなく穏やかで、歩いているとちょうど気持ちがいい午後だった。今年は暖冬のせいだろう。もう道端の黄梅が、ちらほらと咲き始めていた。







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