お仕置きファイル



序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  フリースローは魔の時間

 
 昭和の終わりのK市郊外には、まだ武蔵野の面影が残っていた。私はこの春からここの女子高の1年生になる。私は推薦で早くから入学を決めていた。
 私がこの女子高にこだわったのには理由がある。何と言っても、憧れていた部活のF先輩がいる。中1のとき、何かと面倒を見てくれたそのF先輩と、1年間だけでも同じコートに立てる。

 中学に入学したての私は、ドジで泣き虫だった。私の所属したバスケ部の顧問は特に厳しいM先生だった。私は着替えがいつも遅く、同じクラスなのになぜお前がいつも一番遅いのか、何度も注意を受けていた矢先だった。
 今日こそはみんなより早く体育館に行かなければ。そう思えば思うほど気ばかり焦ってしまう。他の子は、顧問の先生に眼をつけられるのを恐れて、私の着替えが終わるのを待っていてはくれない。結局その日も、更衣室を最後に出たのは私だった。しょうがないわよ。私は少しふて腐れ気味に体育館に入った。
 その日は特に、M先生の虫の居所も悪かったようだ。いつものように一番遅れてきて態度も悪かった私を、M先生は許してくれなかった。みんなが座っている真ん前に、私一人が立たされた。私、いつまで立たされるのかしら。少し離れた場所では、男子のバスケ部員が練習を始めていた。私はその様子をボーッと眺めていた。その時、F先輩に声をかけられた。
「T子、頑張るのよ」
 えっ、何を? 怪訝に思い振り向いた瞬間に、M先生の姿が私の視界に入った。M先生は倉庫へ竹箒を取りに行っていたのだ。私はF先輩の言った「頑張る」の意味を咄嗟に理解した。あの竹箒はどう考えても、私を叩くためでしょ。あれで叩かれるとしたら、場所はお尻しかないじゃん。うそ、親にもお尻なんて叩かれたことないのに。急に心臓がドキドキしてきて、恥ずかしくて顔を上げられなくなった。男子部員の談笑が聞こえてくる。私のこと、笑っているのかも。
「T子、両手を膝について踏ん張れ」
 私の真後ろに回ると、M先生は突き放したようにそう言った。私の目の前には座ったままの大勢の部員たち、そして私の背後には、竹箒を手にしたM先生が立っている。どこにも逃げ場はなかった。私は観念して両膝に手をつき、足を少し広げた。
「なんだ、その姿勢は! 前に吹っ飛ばされても知らんぞ!」
 M先生の怒声が体育館に響いた。男子部員の談笑が静まった。自分がますます注目されていると思うと、体が固まってしまったように緊張で動かない。でもこれ以上M先生を怒らせるわけにもいかない。私はもう少し足を開き、ブルマーのお尻をM先生の方に突き出すようにして馬跳びの姿勢で踏ん張った。私は羞恥心と必死に闘っていた。先生、もう早くして。お仕置きを待つ時間がもどかしく、時は嫌になるほどゆっくりと過ぎていく。……バシッ! 
 その瞬間、私は前のめりになり、床に手をつきそうになった。やっぱりしっかり踏ん張っていてよかった。大きな音が恥ずかしかった。竹箒は私のブルマーのお尻全体に当たり、沁みていくような痛みがあった。私は右手の甲でお尻を押さえた。熱い。もう放心状態だった。
「T子」
 私の肩に手を掛け、そっと呼びかけてくれたのはF先輩だった。私ははっと我に返った。なんだかF先輩に甘えてみたくなった。急に涙がこみ上げてきた。F先輩に抱きしめてほしかった。
「さ、練習」
 F先輩は優しく微笑んでそう言うと、小さく頭を振った。私はなんとか涙を堪えた。

 そんな事件が中学入学早々にあって、私は男子の間では「お仕置き女」と陰口を叩かれた。学校も部活も憂鬱だった。それでも部活を続けていけたのは、F先輩の存在があったからだ。中肉中背でスタイルが良く、しなやかな身のこなしでキャプテンとしてチームを牽引していた。
 一方の私は相変わらずドジで、至近距離からのシュートをよくはずしてM先生に怒鳴られた。でも一生懸命やっていたので、お仕置きはされなかった。F先輩は私をよく気づかってくれた。
「T子は気持ちの問題だけだよ。はずしたらどうしよう、いつもそう思ってるでしょ」
 私は小さくうなずいた。
「T子、私が卒業しても辞めたらダメだよ。高校でまた一緒にやろう。M先生は厳しいけど、一生懸命やってれば、怒鳴られても叩かれることはないから」
「F先輩も、M先生に叩かれたことあるんですか?」
 なぜかそんな台詞が私の口をついて出た。
「何度もあるよ。1、2年の頃は」
 F先輩はあっけらかんと言った。
「え? でもF先輩、うまいし、真面目だし、なぜ?」
「練習方法とかでよく衝突したの。特に練習ボイコットしたときはすごい怒られて、みんなの前でお説教されながら竹刀で何発も」
「やっぱりブルマーの上から?」
 私はなんとなく聞いてみたくなった。F先輩は少しはにかみながら小さくうなずいた。
「でも、私が間違ってたのよ。それからM先生とはよく話し合うようになって。3年になったときにキャプテンに指名されたんだけど」
「そうなんですか」
 F先輩はそれだけ話すと、コートに走っていった。そのブルマー姿のお尻を眺めながら、私はF先輩のお仕置きシーンを想像していた。私もその場にいたかったな、ふと思った。

 中学を卒業してからも、F先輩は私を力づけてくれた。私は3年のとき、キャプテンになった。F先輩の忠告どおり、私の弱点は気持ちの弱さにあった。もうその頃にはやさしいシュートははずさなくなったし、M先生にもほとんど怒られなくなった。代わりに怒られていたのは、後輩たちだった。
「え、先輩もM先生にお仕置きされたことあるんですか?」
 1年生のU子が、ブルマーのお尻を痛そうにさすりながら言った。練習を怠けた罰として、あの竹箒でお尻をひっぱたかれたのだ。
「あるよ、1年のときに」
 私が当たり前のようにそう言うと、U子は訝しげな表情を見せた。
「私、ドジだったから。いつも練習に遅刻して。でもU子みたいにしょっちょうじゃないよ」
 U子は快活で愛嬌のある子だが、少し怠け癖があり、すっかりM先生の叱られ役になっていた。
「高校で、また一緒にやろう」
 私はF先輩に言われたことをU子に言い残し、バスケ部を退部した。同じ道を歩んでいるという思いが、F先輩との二人の絆を深めている気がした。

 昭和の終わりはまだ管理教育の時代だった。特に私立高の校則は細かく、違反には厳しい罰が待っていた。爪や髪の長さもいちいちチェックされたし、持ち物検査から遅刻、忘れ物、廊下の歩き方まですべてがお仕置きの対象になった。女子の場合、顔や頭を叩くような体罰はよくないということで、場所はお尻限定と決められた中学、高校は当時は多かった。その場合、男の先生なら素手ではなく必ず道具を使うとか、その道具もスカートがめくれないものにするとか、学校ごとにいろんな決まりがあった。
 私の女子高では体育の授業や運動部の部活でお尻を叩かれる体罰が頻繁にあった。体操服、ブルマー姿でいつもお仕置きを受けるのだ。その場合、体操服は長すぎても短すぎてもダメ。長すぎるのはだらしないし、短すぎると動けばおへそが見える。もし長い場合は、体操服をブルマーの中にしっかり入れる、そういう規則になっていた。
 私は入学早々の4月、爪の長さと長めの体操服をブルマーの外に出していた罰で、体育の先生に長い木の棒でお尻をひっぱたかれた。40歳くらいのがっちり体形の女の先生だった。服装検査で違反とされた生徒は授業の後に残され、一人ずつ朝礼台に両手をついてお尻を突き出した。中学時代のあのお尻の熱さと痛みが甦った。もう中学のときみたいに泣きはしなかったけど、3年間が思いやられるなと思った。

 私は先生にお仕置きされる度に、そのことをF先輩に告白した。慰めてほしい気持ちもあったし、変に自虐的になってF先輩の反応を楽しんでいるところもあった。
「そう。私もあの先生にはやられたわ。T子、先生の指示には機敏に動かなきゃダメだよ。辛くても頑張りますって姿勢だよ」
「はい。うちの親も、お尻なら我慢しなさいって。女の先生ならたいして痛くないでしょだって。でも痛いですよねえ?」
 私がすねるように言うと、F先輩は真顔で言った。
「T子、部活も厳しいぞ」
 私はF先輩の眼を見つめて頷いた。

 お尻叩きの体罰、それがいつ自分の身に降りかかってくるかわからないという恐怖心が、体育の授業や部活の緊張感を高めていた。それが学校側の狙いでもあった。先生の指示に機敏に従い、辛くてもプレッシャーに打ち克って努力する生徒、そんな生徒に育てるという狙いは、体育の授業や部活を見る限りは的中している、先生たちはそんな自負を持っていたし、保護者の支持も得ていた。
 バスケ部の場合、練習の初めに何人かの生徒が指名され、1人2本ずつフリースローを行う。指名は特に1年生が中心だ。このフリースローに2度続けて失敗すると、顧問のK先生に呼ばれる。国体でも活躍していた30代で長身の女の先生だ。そして東急ハンズあたりで売られているような、取っ手のついた丸いカッティングボードでお尻を2回叩かれる。
 厳しい練習で鳴らす名門バスケ部に入ってくるような生徒たちは、ほとんどはずさなかった。それが逆に私のプレッシャーを高めていった。練習3日目、1番手に指名されたのは私だった。どうしよう、成功のイメージがわかない。私は気弱だった昔の自分にすっかり戻っていた。きっと失敗する、変な確信があった。
 そんな確信を払拭できないまま投じた第1投は、ゴールの遙か向こう側で落ちた。私の背後で少しどよめきが起きた。私は振り返って集団の中にいるはずのF先輩を眼で捜した。迷子になった子どもが母親を捜している心境だった。
「制限時間オーバーは失格よ」
 顧問のK先生の大声だった。もう時間をかけられないという更なるプレッシャーが、私をがんじがらめにした。2投目。ボールはネットに触れたが、ネットの中を潜ることはなかった。
 あー、またやっちゃった。中学のときと同じで、また私が真っ先にお仕置きされるのね。
「その壁に両手をついて。もう少し下の方がいいわね」
 K先生に指定された位置に両手をつくと、ちょうど前屈みでお尻を突き出すような格好になった。あのボードでもう数え切れないほど生徒のお尻を叩いてきたのだろう。K先生の大きな左手のひらが私の体操服の背中を押さえた。それからカッティングボードの丸い面がブルマーのお尻に軽く触れた。1回離れて、もう1回今度はピタッと触れた。ああ、冷たい嫌な感触。あ、また離れた。次は間違いなくひっぱたかれる。バシッ、バシッ。狙い澄ましたようにお尻の真ん中の同じ場所を続けてひっぱたかれた。
「痛っ」
 私は慌ててK先生からお尻を隠すように向き直って、小声で言った。
「そうよ。愛の鞭は痛いのよ」
 K先生は平然としていた。外連味がなくて、さっぱりした感じの先生だな、私はそう思った。
「T子」
 F先輩が駆け寄ってきた。
「まだまだプレッシャーに弱いなあ」
「3年前、思い出しますね。あのとき、私、男子に『お仕置き女』って言われたんですよ」
「ここでももう『お仕置き娘』って言われてるわよ」
 F先輩にそう言われて、私はひどく気恥ずかしくなった。

 1学期の部活では、3年生と1年生がペアになって練習する機会があった。私のペアの相手は、F先輩だった。しかし、私たちのペアは、仲が良すぎて目立つ羽目になった。私語も他のペアに比べて多かったし、とうとうK先生の注意をちゃんと聞いていなかったことがばれて、私とF先輩はみんなの前で立たされた。K先生は右手でカッティングボードの取っ手を握り、その丸い面で自分の左の手のひらをトントンと軽く叩いてみせた。まるでウォーミングアップをするかのように。
 私とF先輩は顔を見合わせた。F先輩は両手のひらを自分のブルマーのお尻に当てて、隠すようにしていた。先輩、そんなことしてもムダですよ、私はそう言いたくなった。K先生が私たちを交互に見て、焦れたように言った。
「どっちが先でも一緒でしょ。じゃあまず、お姉さんからだね」
 F先輩はシュンとして、少女のような恥じらいを見せていた。それから覚悟を決めて、形のいいブルマーのお尻をK先生や私の眼の前で突き出した。K先生は左手でF先輩の体操服の背中を押さえてから、カッティングボードの丸い面を1回、2回とF先輩のお尻に軽く当てた。そうそう、私のお仕置きと同じだわ。こんな感じで私もお仕置きされてたのね。それからK先生は大きくボードを斜め上に振り上げた。それにしてもF先輩、いいお尻してる。K先生、もう思いっきりやっちゃってください。私はちょっと意地悪になっていた。F先輩がすごく可愛く思えた。
 バシッ、バシッと小気味いい音が2回した。ボードがF先輩のお尻の真ん中のまったく同じ場所に、2度続けて勢いよく当たる瞬間を至近距離から私はしっかりと見届けた。F先輩は右手の甲でお尻を軽くさすりながら向き直った。私と眼が合った。F先輩は私の視線に耐えられず、恥ずかしそうに俯いた。
「T子! ぼやっとしてないの」
 今度は私の番だ。F先輩と一緒にお仕置きを受けるなんて。私は気持ちが高揚していた。お尻を突き出すと、そのブルマーのお尻にボードが1回、2回と触れる。さっきF先輩のお尻に触れ、そのお尻を思い切りひっぱたいたその同じ面が、いま私のお尻に触れているんだわ。そして先にお仕置きを済ませたF先輩が、今度は私の背後で私のお仕置きの瞬間をしっかりと見届けようとしている。私がF先輩を見届けたように。何とも表現できない感慨、満ち足りたような感慨があった。今日は思い切りひっぱたかれていいと思った。
 K先生は私にももちろん容赦なしだった。お尻を2発ひっぱたかれて「痛っ」と呟きながらお尻を押さえて振り返り、まずF先輩の眼を覗き込み、それからK先生の方を見た。
「お仕置き娘」という声が、どこからか聞こえてきた。

 私たちは仲が良すぎたせいか、部活ではその後もしばしばペアでお仕置きされた。私はお仕置き娘と呼ばれ、私たちはお仕置きシスターズと呼ばれたりした。でも責任はいつも私にあったように思う。おしゃべりがうるさいと怒られたときも話しかけたのは私だし、F先輩は私をかばう形でいつも連帯責任を負わされていた。F先輩と二人だけ前に出されて受けるお仕置きは、私にとっては決して嫌な時間じゃなかった。二人だけのお仕置きを受ける度に、絆はより深まっていく、私にはそう思えた。私はほんと、いけない妹だった。

 いまではすっかり都会の顔をしているK市だが、当時はまだ田舎じみたところが残っていた。F先輩と私は、だんだん姉妹のような関係になっていった。公園の池にボートを浮かべたり、あの頃はまだ数少ないライブハウスに一緒に行ったり。F先輩はプライベートではデニムのショートパンツをよくはいていて、それがよく似合った。私も妹として、同じようなのを探してはいた。ピチっとしたそのショーパンのお尻を見る度に、私にはF先輩のお仕置きの光景が甦った。
 そんな学校での思い出を二人で話し合うときもあった。切り出したのはいつも私だった。どんな道具で叩かれるのが嫌だとか、どの先生が痛いとか。公園の池のボートや喫茶店でも。話に夢中になって声が大きくなりすぎて、恥ずかしい思いをしたこともあった。
「男の先生の方がやっぱりより痛いし嫌だな、私は。それと竹刀や定規のような長い棒状の道具は、素振りの音とか聞こえると怖いのよ」
 私も同意するように頷いた。

 そのF先輩が卒業して1年が過ぎた。その春、私の中学の後輩、U子たちが私の高校のバスケ部に入部する。私は特にU子を強く誘った。前にも言ったように、U子には少し練習などで手を抜く癖がある。K先生に睨まれるのは間違いないと私は思った。でもお仕置きされてもめげない子だし、なんだか楽しみだわ。今度は私がU子を守ってあげないと。U子と私、二人でお仕置き、それもちょっと楽しいかも。U子のお尻、くりっとしてて可愛いし。U子にはまだK先生がどんな先生か、言わないでおこっと。
「U子、フリースローの練習だけはしとけよ。意味はやがてわかる」
 私は入学前のU子にそんなメッセージを送った。  







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