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序文 春への書簡 遠い春 校庭に吹く風 闇の重さ 旅立ち 熊野の熱い夏
 

  七夕

 牽牛星と織女星は互いに愛し合っていたが、天の川があるためにお互いの姿を遠くから眺めるだけで近づくことはできなかった。2人の涙で地上は大雨になった。それでこの切ない願いを叶えさせるために地上のかささぎが一斉に天上に上り、天の川に橋を架けて2人の願いを叶えさせた。(朝鮮の七夕伝説)
*
「おじいちゃん、じゃあこの大きな川もお星様の涙でできたの?」
 幼い双子の孫娘の一人が言う。
「そうだよ」
「お星様、今日も泣いてるんだね」
 もう一人が言った。
「今年もダメだったね。また来年があるさ」

 祖父と幼い双子の孫娘の眼前には、いつにもまして水嵩を積み上げたリムジン川が広がっている。朝鮮の南北の国家を二つに分かつ大河だ。祖父は済州島で生まれ、孫娘はソウルで生まれた。

 済州島にも島独自の双子伝説がある。もう60年も前のことだ。その発端は四・三事件といわれ、その事件の真相はいまも謎のベールに包まれている。
 事の起こりは島での選挙を前にした左右両派の小競り合いにすぎなかった。しかし、米軍の介入と半島から落ち延びた右翼団体の話し合い妨害により流血事件に発展。これを契機に警察や治安部隊の労働党党員狩りが始まった。処刑・粛清は苛烈を極め、総勢8万人ともいわれる島民の犠牲者を出してようやく騒乱は終結した。

 それはある日のことだった。双子の姉の元に治安部隊がやって来た。パルチザンに加わった弟の所在を突き止めるためだった。黙秘を続ける姉を治安部隊の若者が陵辱し、姉は自害して果てた。怒り狂った弟はやがてパルチザンのリーダーとなり、漢拏山の奥地に立てこもって抵抗運動を指揮した。執拗な山狩りにもかかわらず弟の所在はつかめない。
 その頃から、島の者たちは誰からともなく言い出した。弟は双子の片割れだった死んだ姉の魂をもらって不死身になったのだと。弟はやがて島の抵抗のシンボルになった。しかしついに内戦は鎮圧され、政府はその首領だった弟を銃殺したニュースを写真付きでこれでもかと報じた。

「わしらの島ではな、双子は不死身なんじゃよ」
「不死身って?」
「どんなに苦しいことがあってもたくましく生き続けるんじゃ。昔、島を命懸けで守ろうとした若者がいてな、体は天に召されたが、いまもわしらを守ろうと戦うてくれとる。眼には見えんがな、島の者は皆そう信じておる。おまえたちと同じ双子の弟だ」
 幼い姉妹はきょとんと顔を見合わせた。
「この川の向こうにはな、怖ーい将軍様がおるんじゃ。みんな将軍様の言うとおりにせんと生きていかれんのよ。でもな、お前たち、双子の弟の魂はこの川の向こうにもちゃんと生きておる。眼には見えんがな、いまも将軍様の軍隊と戦うておるんじゃ。きっといつかお星様も泣き止む日が来るじゃろう。その時、この大きな川も天に召されて南と北は陸続きになる。この川は天の川になって国中のかささぎが空に舞い上がり、大きな橋を架けるのじゃ。2人のお星様が渡れるような」
「お星様はいつ泣き止むの?」
 双子の一人が言った。
「わしの眼の黒いうちは無理じゃろうが、おまえたちの生きているうちには必ずな」
 もう一人が言う。
「2人のお星様は会えるの?」
「ああ、必ず会えるさ」

 祖父と双子の孫娘は雨で流れの速くなった大河にそれぞれの笹舟を浮かべて、小さな祈りを捧げた。  







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